世界はあまりに膨大になりすぎたため、ただの羅針盤にさえ重大な意味がある。

愛のうた


宇宙戦争

母性は本能だが、父性は近代の婚姻制度が作り出した虚構に過ぎない。己がクズであることを自覚する父親は、きっと何か感じるところがあるだろう。そして、ダコタ・ファニングの演技がすべてのSFXを凌駕する。
ドラゴン・タトゥーの女

横溝正史ばりに複雑な人物相関なのに、ほとんど謎解きに絡んでこなくて拍子抜けした。もちろん、なぜかエンドロールまでデビッド・リンチ監督作品だと思いこんでいた私の、身構えた視聴態度が主な理由であろう。あと、吹き替え版だったせいかリスベットのキャラ造形が黒い綾波レイにしか見えなくて困った。あれ……フェラとレイプのシーンを見た時……なんていうか……その……二次元愛好なんですが……フフ……勃起……しちゃいましてね……
あしたのジョー2

「泪橋に来る前のことは、よく思い出せねえんだ」。ぼくは日々をからっぽに生きていて、昨日のことさえよくわからない。空費した時間は、どこにも刻まれないまま消えていく。日々を八分の力でやり過ごすうち、いつしか目減りした自分が本当の自分になってしまった。どうやってここまで生きてきたのか、よく思い出せない。
ブラック・ジャックFINAL

故人たちに最大級の敬意を払い、未完の仕事を残された人々で継ごうとする試み。それはたぶん、真摯な追悼に端を発していた。ときにある喪失は、この世界にとって決して取り返しがつかない。粗悪なレプリカを前に、ただ悲しみだけが深くなった。
ツリー・オブ・ライフ

「このクズを撮影したのは誰だぁっ!! 物語以前の空虚極まる台詞の断片を思わせぶりな映像と宗教音楽で二時間強に引き伸ばし、神が人に与え賜うた映画芸術を完膚なきまでに愚弄した上、神が観客に与え賜うた知性を根底から嘲弄したのはっ!!」「あなた、落ち着いて! 観客が自らの生活と神の恩寵を結びつけて感情移入できるように、そして人類誕生以降繰り返されてきた父と子の相克を普遍的に描くために、わざとドラマ性を抑えた表現にとどめているのかもしれないじゃない!」「ならば無名の俳優を使うべきだろうが!! ブラッド・ピットとショーン・ペンを主演にしている時点で、そんな言い訳は許されんわ!! しかも神がショーン・ペンに与え賜うた演技という恩寵へ一切の敬意を払わず、彼に演技をさせないまま幕を下ろすなどという冒涜、思い上がりを許すわけには……なに……テレンス……マリック……だと!?」「あなた、急にどうしたの?」「ええい、腹が立つ!! ワシとしたことが、事前のリサーチをぬかったわ!! シン・レッド・ラインの監督ではないかっ!!」「ええッ! 人並み以上に映画を見ているあなたが耐え切れず、生涯でただいちど上映途中に席を立ったという、あのシン・レッド・ラインの?」「そうだ!! 泥酔後のタルコフスキーにさえ眠ったことのないワシが上映中、何度も意識を失うという屈辱を味わわさせられた、あのテレンス・マリックだ!」「ただでさえ場末のインターネットで普段から繰り返し辛酸を舐めさせられているあなたに、そんなひどい仕打ちを……ゆるせない!」「その通りだ、ゆるせん!! しかし、何よりゆるせないのは、主よ、私自身です。なぜなら死者への黙祷を捧げるべきときに、私はこのクソ映画への怒りをただ身内へ充満させていたのですから……おお、罪深き私を、どうかゆるしたまえ」
猿の惑星 創世記

私たちの誰もが一度、両親によって殺される。この低予算映画が多くの人の心を打ったのは、私たちの誰もが通る、養育者によって社会化されるときの、自我を殺されることに対する声なき抵抗を象徴的に描いているからだ。それを証拠に見よ、サイレントムービーと見まごうばかりの、なんという台詞の少なさか。
カンフーパンダ2

続編ゆえに許される冒頭からのハイテンポな展開へ、次々に畳み掛けるアクション、最後まで途切れないテンション。すべてに渡るあまりの流麗さが逆に高度な技術を高度に見せないのは、もはや達人の域だ。このレベルの作品がサラッと世に出て、続編ゆえの市場縮小からほとんど話題にも上らず忘れられていくことに、そら恐ろしさを禁じ得ない。エンターテイメントが水のように消費されていく。八千メートル級の山頂から徒歩で持ち帰った極上の雪解け水も、庭に置いた空き缶に溜まる泥混じりの雨水も、ただ同じ水として消費されていく。いや、現状を見渡せば泥混じりの方がフックがあって好まれる傾向にあるのかもしれない。私は昨今の「視聴を切った」みたいな言い方が反吐の出るほど嫌いだが、この表現へ何の臆面も無い、受け手優位の状況の中でモノを作らねばならない恐怖は、いかばかりかと思う。例えば、マウントポジションでボッコボコに殴られながら、「なんかおもしろいことしろよー、おもしろかったら殴るのやめてやるからよー」と言われて、半笑いで芸をする感じ。だいぶ話がそれまくったが、作り手の尊厳という意味合いから、カンフーパンダ2はスーパー・リコメンド、超オススメ、デース!
シュタインズゲート

オフレポ後編作成のため、iPhone版を社畜仕事の合間合間でプレイ。ものすごく狭い客層めがけて、ものすごく賞味期限の短いボールを投げている感じ。しかもマウンドとベースの半ばの位置から、受け手がこれは野球だと気づかぬうちに放られるがゆえの、相対的な豪速球。実際、2012年3月現在、すでに少し古くなり始めているのが恐ろしい。文字通りの前世紀からネットに生息する私は大いに楽しんだが、例えば何の素養も無い家人がプレイした場合、意味のある物語として成立しているとさえ感じられないだろう。エニウェイ、世界広しと言えど、ジャパンのギークスにしかクリエイトし得ない、本番に至らぬ特濃カウパー、ディスコミュニケーションを超えたアンチコミュニケーションの精髄が凝固した作品と言えるデショウ(褒めてます)! でもでも、ネット上で絶賛の評ばかりなのは、ファイト・クラブと同じニオイがするニャン!
碧の軌跡

発売から毎日少しずつ進めて、ようようクリアにたどりついた。途中からはFF13-2を同時並行でプレイしたため、ずいぶんと時間がかかってしまった。両者に共通したのは、クリアへの動機が最後には義務感のみとなったことだ。物語を楽しむという点で、JRPGは時間当たりのコストパフォーマンスが悪すぎる。ストーリーはいずれもJRPGの系譜を担うひどい厨二病だが、その内実は天と地ほども違った。厨二病とはヘルペスのようなもので、いったん罹患すれば完治は不可能である。一方をヘルペスが再発しないよう入念な体調管理をする健康マニアの中年マッチョと例えるならば、もう一方は爛れて赤く腫れ上がった口唇でライムをくちずさむ若者ラッパーだ。キャリアであることに自覚的かどうかが、両者の分水嶺となったのかもしれない。ともあれ、本邦で最もカネのかかっていない使い回しのシステムと、本邦で最もカネのかかった小学生の作文、この二作をプレイしさえすればJRPGの陥っている病理、進化の袋小路を君はあますところなく体験することができる。そして、いずれかがいずれかを買収すればJRPGの課題は一定の解決を見るような気もするが、我々の社会は使い回しのシステムに小学生の作文を搭載した凄まじい忌み子を中絶し損なうかもしれず、これは投資家の妄想に止めておくがよろしかろう。
A.I.

人類の滅亡後、人間に最も近似値を取る存在が人間と再定義される。数あるスピルバーグ作品の中で、これほどエンターテイメントを忘れたプライベートフィルムは他に無いだろう。夢分析の例を出すまでもなく、現実から再構築された物語こそが精神の深奥へ迫り得る。この手法は虚構日記と同じものだ。作り手は深い感銘を受けるがゆえに沈黙し、受け手は筋立ての荒唐無稽さに首を傾げる。結果、酷評のみがネットへ残され、固定化した低い評価のうちに視聴すべき価値の無いものとして忘れられていく。この過程もnWoと同じものだ。
デッドマン・ウォーキング

ミーのタイムラインにはソー・オーフン、頻繁にゾンビ・ムービーが登場しマス! 映画と言えばアートかポルノのミーはトピックに乗れず、イーチ・タイム、その度に悔しい思いをしてきマシタ! ハウエバー、ウォーキング・デッド! ソレ、知ってマス、知ってマース! ようやくミーの知っているゾンビ・ムービーがタイムライン上にアピアー、登場したのデース! これでミーもあの、なれあいメンバーズの一員デース!  この映画はショーン・ペンにとって生涯最高のスター・ロール、当たり役だったと信じて疑いマセン! 特にスーザン・サランドン扮するナン、尼僧とのやりとりはミーにとってモラル、道徳のベースメントとなっていマス! 「なんでアンタを敬わなくちゃならねえんだ。アンタが尼さんだからか」「いいえ、私が人間だからよ」。そしてあの、映画史に残るクライマックス! 刑務官の「デッドマン・ウォーキング!」の掛け声とともに死刑台へと弱々しく曳かれていくショーン・ペンの演技は、バースト・イントゥ・ティアーズ、涙無しには見られマセン! 最後の最後に待ち構える衝撃のレイプ・シーンは、もしユーがメイル、男性ならばユア・ペニスをイメディエットリー、即座に切り落としたくなるほどの凄惨なものデス! ミーのインポテンツもこのシーンが原因デス! ワ、ワッツ? マイガッ、この映画、ゾンビ出てこナイ、最後までゾンビ出てこナイヨー! なのにミーのタイムライン上ではゾンビ・ムービーにカテゴライズされていマス! こいつはミステリー、不可思議ネー!
ロサンゼルス決戦

全編がクライマックス! つまり、とても平坦なストーリーテリングだったということ。アメリカ軍はもはや異常だ。自身の強さを虚構にまで求めだしている。ともあれ、「我々はそのために給料をもらっている」。
ロード・オブ・ザ・リングス

五年ほど積んだままにしてあったエクステンデッド版を一気に視聴した。11時間が長くない、驚嘆のストーリーテリング。劇場でも視聴しているが、改めてすべてのモチーフが強く胸に迫った。最も弱い者が最も強い武器を捨てにいくこと、最も低劣な者さえ世界の命運へ関与すること、そして、死を賭した冒険の後で言う家族への『ただいま』。
100,000年後の安全

十年は人の暮らし、百年は時代の流れ 、千年は歴史の移り変わり。もしくは、一億と二千年経っても愛してる。百年を永らえた政策は無く、千年を存続した国家は無く、一万年を耐えた建造物は無く、十万年を生きた種はいない。ヒトの操作から完全に独立した廃棄物処理施設をつくる。なぜって十万年後には、いま我々がヒトと定義する存在は消滅しているだろうから。人類の滅亡が書生の諦念ではなく、プロジェクトの想定する必然として淡々と語られることに哲学的な眩暈を感じる。日本在住のヒトは、これこそを今年最後のマスト・ウォッチとせよ。
スカイリム

きょおホワイトランのさかばでカジートとアルゴニアンとけんかおしてしまった。カジートとアルゴニアンとぼくでけっこんだんぎおしていたらぼくがアエラがいいとゆったらカジートもアエラがいいとゆってアルゴニアンもアエラがいいとゆったからだ。ハチミツしゅでよっていたぼくわかっとなって「おまえたちわけものなんだからにんげんとわけっこんできない。トカゲとネコのしょじょまくおろうばのさいふみたいにビリビリにやぶいてろ」とゆったらカジートとアルゴニアンわまじぎれしてそれから3にんでそうぜつななぐりあいになった。とめにきたけいびへいのひとが20にんくらいまきぞえおくった。ブリーズホームにもどるとリディアが「ながいきしてくださいね、じゅうしさま」とゆいながらへやのくらいすみでパンをむしゃむしゃたべていた。「おかずもなしにパンだけたべておいしいの」とぼくがたずねると「なみだがじゅうぶんしおからいから、だいじょうぶですよ」とゆったきりリディアわしたおむいてしまった。そのよこがおおみるとぼくのむねわいたくなりました。なぜだろお。
 

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