世界はあまりに膨大になりすぎたため、ただの羅針盤にさえ重大な意味がある。

愛のうた


プロミス

「B.Z.が帰れば、友だちになれたこともきっと忘れてしまうんだ」。約束が反故にされることが悲しいのではない。悲しいのは、二度と癒えないと信じたあの痛みさえ、時がもたらす忘却を前にして、水のように消えてしまうこと。二年後の映像が、ひどく胸に迫った。大人になることは、世界という命題に関与しなくなることだと、否応に教えてくれるから。
かいじゅうたちのいるところ

大人の頭で考えた、子どもが楽しいと思うこと。大人の頭で考えた、子どもに聞いて欲しいこと。そして、その説教を子どもには見えない物語の裏へ隠しおおせたと信じる傲慢。これらすべてが作者の意図を踏みにじり、原作の持つ普遍性を制作サイドの自尊心という矮小なサイズへ貶めている。
借りぐらしのアリエッティ

久しぶりに「思想性無し」「政治性無し」のジブリが描くボーイ・ミーツ・ガール。観客は、豊かな美術と多彩なアニメーションに支えられたシンプル極まるストーリーを追いかけて、爽やかな余韻と読後感だけを手に入れることのできる佳作――ぼくも、みんなと同じくそう思っていたのです、あの恐怖の瞬間が訪れるまでは。「地球の人口67億」「君たちは滅びゆく種族」――突如、その場面までほとんどキャラ造形がのっぺらぼうだった少年が、ストーリーラインから完全に外れた意味不明の供述を繰り返しはじめたのです。そう、それはまるで、御大が少年に憑依したかの如くでした。お化け屋敷の吊るしコンニャクが首筋に入ったような不意打ちを食ったぼくは、思いがけぬ真夏の納涼にぞっとして、最後までひとり、劇場の隅でぶるぶる震えていた。こわい、メッセージ性、こわいよう。
リベリオン

インターネットではB級がもてはやされる傾向にある。なぜならA級を褒めたところで自分の手柄にはならないし、何よりnWo自身がその生きた証明であるように、インターネットにしか居場所のない誰かはA級をうらやむB級そのものであるから。あと、とりあえず、1984年→ゼン-ガン→マトリックス→ガン-カタ→ザ・ウォーカーという自由連想を記載しておく。
パラノーマル・アクティビティ

スピルバーグ大絶賛のふれこみにワクワクしながら視聴を開始したが、なにこのブレアウィッチ・プロジェクト。あと、ひとつのネタを延々と引っ張りに引っ張って、最後に肩すかしのオチを持ってくる構成になんか既視感あるなあと思ってたら、浦沢直樹だった。それと、女優の顔になんか既視感あるなあと思ってたら、トゥーリオだった。
キャピタリズム

ドキュメンタリーの悲しいところですが、現実の方がすでに先へ動いてしまいました。ただ、民衆が歩んだオバマ政権誕生への足跡として視聴すれば、充分に感動的です。少なくとも私は目頭が熱くなりました。資本主義の否定にキリスト教を持ち出すあたりも、ずるくてうまい。あと、他国の産業を戦争で破壊した結果、その空隙へ滑りこむ形で米国の好況があったという下りには、目から鱗が落ちた。
GOAL!

世間の雰囲気に便乗してアクセス数を稼ぐことを悪と断罪できるほど、この小鳥万太郎、若くない。いいか、2と3は見るなよ! ぜったいに、見るなよ!
パブリック・エネミーズ

視聴前「ジョニー・デップ! クリスチャン・ベール!」 視聴後「マイケル・マン……」
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

今作ではいい具合に演出からセックスが抜けているので、馬齢を経た身にはたいへん気持ちいい。セックスが抜けているのに気持ちいいというこの矛盾を可能にする7日で8回の視聴ッ! その凄絶な克己の果てに、旧作で幾度となく繰り返された「他人の恐怖」は、人間同士というよりはむしろ男性から女性への恐怖であったのだと気づかされた次第である。あとね、司令と副司令のシーンでぜんぶ副司令から台詞が始まってて、たぶん今回は副司令が上位者ないし黒幕なんだろうなって思ったの。なんかすごい、意識的なガーゴイル声だし。
イングロリアス・バスターズ

第1章は頭髪が抜けるくらい面白かったが、その後はMr.ビーンがカンヌで残虐に大暴れしてるみたいな感じで残念だった。もちろん、タランティーノというだけで期待のハードルが上がる人間の感想であることを諸君は念頭に置かねばならない。
ファースト・コンタクト

心弱るとき、誰の関心も自分の上に無いのだと感じるとき、この世界にたった一人だという当たり前の事実にすら涙こぼれるとき、かつて自分を鼓舞してくれた何かへすがるように還ることがある。
Up

虚構が与える夢やメッセージは、たとえ嘘でもいい、現実のDownに打ち勝たなくちゃダメなんだ。
マイ・シスターズ・キーパー

この世に悪は無い。だから、こんなにも苦しいのだ。
ディアブロ2

(籐椅子の老婆が微睡むような声音で)あれから十年以上が過ぎた。住む場所も変わった。つきあう人たちも変わった。いくつものOSが代替わりした。その度にnWoを更新するパソコンは変わった。ただ、うつし世の転変の中でひとつだけ、ずっと変わらないものがある。それは……(修羅の形相に豹変した老婆がモニターに齧りついて)どのパソコンにも、このゲームがインストールされ続けてきたってことだ! (荒々しいクリック音で孫を怯えさせながら)1.13ってもー! リスペックって何よもー! ルーン出まくりって何なのよもー! 時間ないのにもー! Moo!
カポーティ

カポーティとニーチェって、精神の崩壊までいっちゃう決定的な瞬間を体験した点で共通してると思ってんだけど、トラウマから汲むって怖いよなあ。突き詰めすぎても人格を破綻するし、解消しすぎても書けなくなるんだからさあ。正気のまま論理的に壊れていくって、すごいしんどいよなあ。少女保護特区の冒頭でも引用してるけどさあ、おれ、「冷血」に出てくるおばさんの発言が好きでさあ、永遠の話をしてから鼻をかむ話をするくだりって、なんかすごい女そのものっていうかさあ、人生みたいな感じがすんだよね。誰も指摘してくれないから言うけどさあ、少女保護特区も永遠の話をしてから鼻をかむって構成にしてあるんだぜ。あと、まだ「冷血」読んでない人は、この映画を見てからのほうがグッとくると思った。
 

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