世界はあまりに膨大になりすぎたため、ただの羅針盤にさえ重大な意味がある。

愛のうた


ソウ・ザ・ファイナル

「血と肉の色はどの人種でも同じことを知るだろう」。ピンクってこと?
日の名残り

執事たちの沈黙! なんつって! 頭では名作であることを理解しながらも、裏腹に小生のまぶたは重くなり、未だこの枯淡に至らぬたくだくしい(おたく×2、の意)己が精神の健在を喜んだのだった。あと、昨今の翻訳に比しての邦題の凄みに、ゾッとした。
花のズボラ飯

うーん、ネタに密度感があってすごい楽しいんだけど、なんでだろう、ネットのライブカメラとか盗撮系のアダルトビデオを見てる気分になる。人間って、奥が深いなあ。
フローズン

「リア充爆発しろ!」…そんな言葉は使う必要がねーんだ。なぜなら、チャラ男や、ビッチどもは、その言葉を思い浮かべたときには! スキー場のリフトの上で実際に凍結しちまって、もうすでに終わってるからだッ! わかるか? オレの言ってる事…え? 「リア充凍結した!」なら、使ってもいいッ!
LET THE RIGHT ONE IN

叙情的で、静かなバンパイアもの。この題材を正しく成立させる要件はふたつある。まず、成熟の拒否とそれに伴う拒食の感じをメタファーとして折り込めるかどうかだ。本邦に氾濫する作品の多くは知らずか故意にか、この点を欠いてる。次に、世界から一方的に向けられる憎悪とそれに伴う孤独である。キリスト教というスキームが世界を体現している文化圏だからこそ、本作のタイトルにも暗示されているような、世界の本質である善からの拒絶の感じを深く表現できるのだ。本邦のバンパイアものが十代の時限的な孤独の表現へ留まるのに対して、欧米のそれがあらゆる人間の孤独を代弁するように思えるのは、ここに理由があると思う。あとさぁ、おれ、おたく業界のトレンドに明るいからさぁ、知ってるぜ、こういうのなんて言うか。ロリ婆、ってんだろ? いじめられる男の娘も出てくるし、おまえら、今日はもうたいへんな騒ぎになるな!
ゾンビランド

未視聴の向きにはうわごとに聞こえるに違いないが、「リトル・ミス・サンシャイン」と「28週後…」を足して2で割った作品。なにこの、ゾンビ映画とは思えない感動と、さわやかな読後感。しかしながら、成長してゆくアビゲイル・ブレスリンへ向ける小生のまなざしには、ある種の悲しみが含まれるのであった。
エグザム

この筋立て、英国で作れば低予算のB級映画になり、日本で作れば福本伸行の漫画になる。ただし、連載終了までに15年くらいかかる。
宇宙ショーへようこそ

インセプションばりに難解な世界設定を平易にし、ポチのキャラクター造形を少なくともドラえもんと同程度まで魅力的にし、主人公の五人については十年くらいのTVシリーズでその関係性を掘り下げ、幼女に対して執拗に性的な魅力を付加している感じを脱臭できれば、あるいは傑作と呼ばれる可能性さえあったのかもしれません。しかしながら現状、この世を占める大多数の人生にとってびっくりするほどどうでもいい作品です。アニメをサブからメインのカルチャーへ持ち上げようとする努力は理解するし、サマーウォーズ同様、技術的な面での優位性を否定はしません。でもね、こういうのをむやみと褒めず、ちゃんと映画的な視点で批評するほうが、きっとその目標をより早く達成できるんじゃないかなあ。
ザ・ロード

ヒーローのいない終末。いいか、誰に宣言する必要もないが、お前だけは覚えておけ。父性の本質とは暴力だ。それを濁らせるすべての繰り言は、グローバリズムと資本主義が生んだ欺瞞に過ぎない。しかしながら、物語はたとえ嘘でも作り手のその時点の結論を提示しなければならないと思うし、なんでもないようなことが幸せだったと思う。
ナイト&デイ

悪い意味で出る映画を選ばない二人ですが、負と負をかけ合わせると正になるのが算術です。性善説を処世の座右とするわたくしですから、いくばくかの期待を抱きながら視聴を開始しましたが、結論から申せば、想像をはるかに超えて最悪でした。映画を構成する要素はいくつかあって、ふつうそのいずれかの欠落が全体の評価を下げる要因であったりしますが、この映画はすべてが複合的に悪い方へ悪い方へと化学反応を行っていきます。圧巻です。わたくし、トム・クルーズの映画はミッションなんとかがタイトルにつかない限り二度と見ないことを心に誓いましたし、キャメロン・ディアスはジャック・ブラックかルーシー・リューと共演しない限り絶対に見ないことを神に誓いました。しかしながら、良いものばかりに触れていると良いものの良さへ不感症になりますので、クリエイティブを生業とする諸兄はむしろ他山の石として積極的に視聴するべきかもしれませんね。
告白

扱う題材が題材だけに、一般的な道徳や倫理の方向へ一瞬でもよれたら、全体が壊れてしまうだろうなと考えながら視聴を開始した。よれかかったと思えるシーンでさえ、次にひっくり返すための伏線となっており、結果、最後まで一糸も乱れなかった。いや、二箇所だけ乱れた。まず、現実のHIV患者へ向けた配慮の台詞、これは仕方がない。だが、後半の爆発シーン、てめーはダメだ。クソッ、クソッ、もっと真面目にCG作れよ! 松たか子の表情の方がより「地獄」を感じさせるって、恥ずかしくないのかよ! ともあれ、この作品がアカデミー賞を受賞して、普段は映画なんて見ない一般家庭のお茶の間を阿鼻叫喚の巷と変えることを想像するとき、私に浮かぶ微笑みは自然と優しいものとなるのです。え、もう落選決まったの? クソッ、クソッ、CGのせいだ!
ベスト・キッド

おれ、おたく業界のトレンドに明るいからさぁ、知ってるぜ、こういうのなんて言うか。男の娘、ってんだろ? ジャッキー・チェンがジェイデン・スミスの上半身を撫で回すのを見て、興奮したりすんだろ? 「ぼくのドレに触るな、このブサイク女ァァァァ!」って、すごい形相で絶叫してたよな? わかってるよ、わかってる、おれ、おたく業界のトレンドに明るいからさぁ。でも、あれ、カラテ? カラテなの?
ファイト・クラブ

フィンチャー作品は大好きなのに、なぜか今までファイト・クラブだけ見てませんでした。実は数年前、「高天原勃津矢って、タイラー・ダーデンがモデルですよね」と言われて、かえって見づらくなったのです。今回、初めて視聴しましたが、プログラマー系とかクリエイター系の職業についている人や、映画を見るとブログに評論めいた感想を書かずにはいられない人や、運動なんか全くしないけどプロレスや格闘技やグラップラー刃牙は好きみたいな人がすごい褒めそうな、ある種の男根至上主義、痩せ男のマッチョ願望を具現化したような内容に、鏡に写った自分を長く見るような感じでムズムズしました。積極的な発信をする文系層を狙い撃ちにしていて、ネットでは激賞の評が多く見られるのに、一般的にはいまいちマイナー感があるのは、それが理由なんでしょうね。世間的な評価が定まらないうちに見ればよかった。ムズムズする。
ソルト

二転三転するシナリオはすごい面白いんだけど、イヴリン・ソルトがジェイソン・ボーンにしか見えなくて困った。続編を匂わせる引きもすごいボーン・シリーズっぽい。でも、出生秘話も終わったし、風呂敷も最大に広げたし、続くほど駄作になっていきそう。中共を転覆させるくらいしか、もう残ってないよなあ。でも、アジア人が敵だと画面が貧弱になるんだよなあ。
シュレック・フォーエバー・アフター

"No. You rescued me." ホヤの幼生は脳を持つが、着床する岩場を見つけるとそれは消滅するという。脳の本来とは、移動がもたらす環境の変化に対応するための装置に過ぎず、生きる上で究極的な優先度は高くないらしい。ゆえに変化を求める脳にとって、誰かが側にいるとか、身の危険が無いとか、継続的な状態に対する幸福の感受性を維持するのは極めて難しい。無くしてから気がつくというフィクションが古来より普遍性を持つのは、必要が無くとも脳を維持しなければならない私たちに共通する生物学的な悲哀と直結している。確かに、アンチディズニーとして始まった1作目以外はただの蛇足だという指摘は正しい。確かに、3Dが導入されたことによって増えたカットが全体を冗長にしていることも事実だろう。だが、私は最後の台詞に涙が出た。すべて、この一言へたどりつくために必要な紆余曲折だったのだと私は信じる。でも、村人たちの幸福を笑顔で踏みにじるシーンにカーペンターズが流れたのには笑った。そういえば、カーペンターズって、映像で言えばディズニーだよな。
 

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