崩れゆく聖域。

少女地獄

 「こんにちは」
 「ああっ。そ、そんな。ぼくの、ぼくの幻想の、ロリィタァァァァ!」
 「あなたは小鳥くんがバイオを購入するとき同種類のデブと一緒に『いまさらバイオって感じじゃないしねえ!』とことさらな大声で叫んであてつけてみせたわよね。あのときの小鳥くんの愁いをふくんだ悲しげな表情は、今でも思いだすたびにあたしの胸を痛ませるの。大好きな小鳥くんの悲しみをすすぐことができるのなら、この世にただ種を維持するためだけに無意味に存在する、キルケゴールの言うところの『自然の大量生産物』たち何人の生とひきかえにしてもいいと、あたしは心から思うわ」
 「そうか、そうか、人間の肌というのは本来こんないい匂いのするものなんだ。それなのにあのくそ女どもときたら、いやな香水の臭いをぷんぷんさせて、俺たちをどうしようもなく不能にさせて…くそっ、くそっ!」
 「というわけで、お楽しみ中のところ失礼ですけど、これからあなたを殺しちゃいます。えへ。ごめんね」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。目の細かい砂を少し余裕ができるくらいにゆるく詰めた水袋を差し貫くときのような感触。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。肝臓ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも見返られることなく、一人ブタのように死んじゃえ~」
 「ごぼ。くそ、ちくしょう、俺だって、こんなふうには、ありたくなかったんだ。できることなら、もっと、高い何かに、ごぼ。なんで、俺は、いつも、いつも」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。『キィン』という音とともに手首に鈍くひびく硬質の手触り。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。金玉ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも愛されることのなかった何の生産性もないこれまでの人生を、死ぬ瞬間に初めて客観的に後悔しながら一人ブタのように死んじゃえ~」
 「待って、おいていかないで、ぼ、ぼくの、ロ、ロリィタ…」
 「おもしろぉい。立ち上がろうとして何度も血糊に足をすべらせてひっくり返ってるわ。片玉を失ってバランスがとれないのね。まるで出来損ないのおきあがりこぼしみたい。見て見てぇ。ブタ踊りブタ踊りぃ。ぶっざまぁ」
 「ごぼ…やだ…こんな…おか…あ…さん…」


 「こら。探したんだぞ。今までどこ行ってたんだ」
 「あっ、パパ。あのね、小鳥くんをいじめる悪いおとなのひとを殺していたの。今日は六人も刺殺しちゃった」
 「そうか。さぞ猊下もお喜びになるだろう。いいことをしたな、真奈美」
 「えへへ」
 「今日の夕食はハンバーグだってママが言ってたぞ」
 「やったぁ。あたし、ハンバーグだぁい好き!」

小鳥猊下の日常

 「ぴたクールのCMでロリータがあげる『気持ちいい…』というあられもない嬌声を録音編集して実戦投入するそこのおまえ、一歩前へ出ろ。殴ってあげるから」
 「あっ。小鳥猊下が成人男性なら誰もが抱く当たり前の義憤にかられた様子で薄い両肩を無理に怒らせながらケンシロウのように両の拳をぼきぼき鳴らしつつ御出座なされたぞ」
 「なんてあからさまな童女趣味なのかしら。でも愛してる!」
 「スーパードールリカちゃんを何のオリジナリティもない企画アニメと鼻で笑うそこのおまえ、一歩前へ出ろ。殴ってあげるから」


 「で、小鳥猊下なんですけれども、今日は普通にありふれたかれの日常を彫刻してみたいと思います。なぜって、あのようにスリリングでアクロバテックでバイオレンスでエロスな日記ばかりを読まれると、たいそう神々しくもめでたい御姿をネットワーク上に卓越した文章にてメタファライズなされる小鳥猊下の実存とは、病室毎に鉄柵のついた入るは簡単出るは棺桶看護体制は最悪だけれども看護人の給料はべらぼうにいい類の特殊な病院に収容されている人間なのではないかと洞察力に欠ける知的にチャレンジされた一部の臣民たちに邪推されてしまうからで、それは私にとってとても心外だしとてもやりきれないからです。そんなことは全然ないです。当サイトが、両親ないし養育者との関係から発生した初源の不全による不安の神経発作を何か特殊な個性ででもあるかのように毎日の日記に記述し、あまつさえ同情を求める皮膚病の赤犬の図々しさで自らの病気に周囲を巻きこもうとし、日本人口の総体に対してほんのわずかの人間を巻きこむことに成功するという次元の低い金にならない達成で自分を得て、一時的な安心感に口の端からだらしなくよだれを垂らすようなよくあるパラノ・サイトとは全く次元を異にした成熟した大人のおっぴろげサイトであることはここにいらっしゃるみなさまが一番よくわかっておられるはずです。それでは当国の執性官をつとめる私めが、慎んで今日の猊下の御様子を公開させていただきます。
 「太陽も空の半ばを過ぎようというころ、小鳥猊下はようやく身体が二十センチも沈み込むような天蓋つきのベッドから気怠く御身体をお起こしになります。猊下の御尊顔は真に高貴な者がしばしばそうであるように紫色の靄に畏れおおく覆われており、下々の者にはその表情をうかがい知ることはできません。ビロオドのカーテン越しに射す柔らかな午後の日射しに目を細めながら、意識の覚醒するまでのあいだしばし猊下は御自らのかたちの良いなまめかしいピンク色の乳首をもてあそばれます。小鳥猊下は空調などという野暮で不健康なものは使いません。猊下に仕える黒人女が、今日は少々汗ばむ気温ですので、身の丈ほどもある大きな葉でもってゆっくりと緑の爽やかな匂いのする涼風を送ります。その一方で別の黒人女がオリイブ油を手づから小鳥猊下の抜けるような白い肌に塗りつけます。それは芸術に理解のある者が見たならば『アイボリーとエボニー』と名付けたくなるような見事な一枚の絵画を思わせる有様です。小鳥猊下のきめ細かい肌の官能的な手触りはすべての婦女子をたちまち降参させてしまうほどです。今日も何を血迷ったのか、油を塗る役目の黒人女が頬を紅潮させながら舌を前につきだしつつ猊下のブリーフを脱がしにかかりました。その際にちょっと見えた先端もやはり真に高貴な者がしばしばそうであるように紫色の靄に畏れおおく覆われており、下々の者にはその朝立ちっぷりをうかがい知ることはできません。機嫌のよい朝はさせておく場合もあるのですが、今日の猊下はどうやら虫のいどころが悪かったようです。そのローマ闘士もかくやと思わせるような見事に筋肉の発達した右足を振り上げると、破廉恥女のみぞおちから横隔膜、背骨へと文字通り突き抜けるような足先蹴りをお見舞いしました。口から動脈が破れたことを証明するような真っ赤な鮮血を吹き出しながら破廉恥女は床を転げ回りましたが、その頃には小鳥猊下の高貴な頭脳には彼女のことは微塵も残されていませんでした。小鳥猊下の憂いにけぶる瞳は――当然猊下の御尊顔は真に高貴な者がしばしばそうであるように紫色の靄に畏れおおく覆われており、下々の者にはその表情をうかがい知ることはできませんのでこの表現は修辞的想像に過ぎませんが、それはきっとこの世界に存在する最高の芸術家の夢想する究極の美をもしのぐ麗しさでございましょう――すでに今夜の乙女にする性の妙技の夢想へと向けられていたのです。我が宗教国家において初夜権は猊下の上にあり、そしてそれが猊下の行う唯一の国務なのです。

少女地獄

 「こんにちは」
 「ああっ。私の、幻想の、ロリィタァァァ!」
 「貴方は小鳥くんのホームページを金も払わず切り取り強盗の図々しさでさんざんっぱらねめまわした後『何なんですか、あのHPは。二度と行きません』という内容のメールをわざわざ送信したわよね。それを知ったときの小鳥くんの、自分の性病を医者に知らされたときのような、悲しげな愁いをふくんだ表情は今でも私の幼い胸を痛ませるの。あのときの小鳥くんの悲しみをすすぐことができるのなら、この世界に存在するその努力は無しにただ愛されたいといやらしく舌を突き出してみせる皮膚病の赤犬のような有象無象ども何人のただ環境破壊に貢献するだけの無駄で無価値な生とひきかえにしてもいいと私はこころから思うの」
 「なんて愛らしい。なんてすばらしい石鹸の匂いのするすべすべした肌なのかしら。そして無垢な少女性を存分に引き立てる上等の洋服。私が望んで望んで望み続けて手に入れられなかったものたちよ。両親は子供時代の私の実存に無上の愛撫ではなく殴打でもって応えたわ。もし私があなたのようだったら、私はどんなに愛されたことだろう。ちくしょう、ちくしょう」
 「というわけで、お楽しみ中のところ失礼ですけど、これからあなたを殺しちゃいます。えへ。ごめんね」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。ゲットぉ。水枕に使う分厚いゴム袋を差し貫くときのようなちょっと抵抗のある感触。長年刃物に親しんできた私だからわかるの。心臓ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも見返られることなく、一人太りすぎて自力では動けなくなったトドのように死んじゃえ~」
 「ごぼ。私だって、本当は、こんなふうな、誰からもかえりみられない、醜い、私でありたかったわけじゃ、ないのに。私は、いつも、いつも、次の朝目覚めたら、違う私にと、願いつづけて、惨めな一人の眠りを、眠ってきたのに。ごぼ」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。ゲットぉ。想像よりはるかに固い薄膜を突き破る抵抗に続いてぷちぷちとひも状の何かをひきちぎる感触。長年刃物に親しんできた私だからわかるの。眼球ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。巷間にあふれる平等な意味のある生という無数の例証が近代社会を表面上成立させるための幻想に過ぎないことや、容姿などの個体差により生まれながら分けられた人生の明暗の真の不平等さや、自分自身の惨めでこの上なくリアルなスケールを死ぬ瞬間にはじめて実感しながら一人太りすぎて自力では動けなくなったトドのように死んじゃえ~」
 「待って、おいていかないで、私のロリィタ、私が本当はそうあらねばならなかった、そうあるべきだった私のすがた…」
 「おもしろぉい。あふれる血に残された視界をふさがれ、両手を前向きにさしのべる格好で電柱を抱きかかえるように自分から思いきり激突して重力方向にブッ倒れたわ。歯を剥きだしてシンバルをたたきながら前進する猿の人形みたぁい。きゃっきゃっ。もっともっとぉ」
 「ごぼ…やだ…こんな…おとう…さん…」

 「こら。探したんだぞ。今までどこ行ってたんだ」
 「あっ、パパ。あのね、小鳥くんをいじめる悪いおとなのひとを殺していたの。今日は十五人も刺殺しちゃった」
 「そうか。さぞ猊下もお喜びになるだろう。いいことをしたな、江里香」
 「えへへ」
 「今日の夕食はスパゲティだってママが言ってたぞ」
 「やったぁ。あたし、スパゲティだぁい好き!」

このHPというかたち ~一万ヒット御礼小鳥猊下講演禄~

 「よく官能小説なんかで男性自身って言葉がありますよね。これは要するにチンポを婉曲的に表現する記号なんですが、じゃあ、雑誌に女性自身ってありますよね。あれはつまり…そうなの?」
 「あっ。小鳥猊下が国民の中に潜在的に存在する、女性化粧品の容器はすべて男性器のかたちを模して作られていますといった俗説と同程度の信憑性を持ち景気を悪くさせている疑問をおずおずと発話しながら軽快なフットワークを使いながら御出座なされたぞ」
 「ああ、なんてエロティックなダンディズムなのかしら。私の女性自身も大洪水よ!」
 「ねえ、そうなの?」

 「……なわけで破裂しちゃったんですね。おや。今の爆笑どころなのになぁ。え、何? マイク入ってなかったの? ふぅん。あれっ。今日の責任者は女の子なの。へえ。若いねえ。年いくつ? 18。そうでもないか。男性経験はあるのかな。無い? いまどき珍しい娘さんだね。バイトいけないんじゃないの。ほぉ。母親に死なれて病気の父親がひとり。泣かせるねえ。浪花節だねえ。うんうん、あとはこの猊下君がいいようにしてあげるからさ。それじゃ早速だけど捧げさせちゃって。そう、捧げさせるの。二度言わせないでよ。いくら温厚な僕でもいい加減怒るよ。今の世の中貞操なんて邪魔なだけじゃん。いっそ無くしちゃえばこんな時給800円ほどの割にあわないバイトしなくても、もっと効率よく稼げる手段も生まれてくるじゃん。慈悲だねえ! これはまったく今の世の中に無いくらいの御慈悲ですよ。けけけっ。
 「……ええっと、何話してたんだっけか。こういうのって計算のない無意識からの抽出が大事なんだよね。あ~ぁ、さっきまでいい調子だったのにムカつくなぁ。ねえ、きょう上山君来てる? あ、来てる。上山君に栄誉ある貫通式のおつとめを果たさせてあげてよ。そう、アニメプリントシャツの口臭とワキガと吃音のひどい、水平方向と垂直方向に同時にチャレンジされている、僕が自分の優越感を満たすために面接で猫背ぎみにこの世の原罪すべてをしょって立つ様子で入ってきたのを見た瞬間に一発採用したあの上山君にだよ。二度言わせないでよ。いくら温厚なぼくでもいい加減怒るよ、ほんとに。今日初めて出会った彼氏彼女の事情ならぬ情事がいったいどのようなものになるのか興味はつきませんよ。いやぁ、つまらないつまらないと不平を言う行き着いた日本人の毎日、あればあるもんですねえ、こんなイベントは。これだから人生あきらめきれませんよ。あ、ちゃんとビデオまわしといてね。講演終わったあとで見るからさ。あの上山君のことだから目が合った瞬間に射精しちゃうんじゃないの。あんな可愛い子だし、他の童貞バイト少年たちがやっかんで路地裏で死ぬまでボコっちゃうかもね。あ、そこまで追いかけてビデオまわしとくんだよ。エンディングは血塗れの上山君にスタッフロールがかぶさってさぁ。作品だねえ! これはまったく今の世の中に無いくらいの作品ですよ。けけけっ。
 「……さてこのHPなんですが、みなさんからよく聞く批判にベタ書きでたいへん読みにくいというのがあります。せっかくそれができる方法が存在するのだから、文字の大きさを変えるだとか、文字の色を変えるだとかして、もっと視覚的に受け取りやすくしてみてはどうかというのが彼らの弁なのですね。しかしそれは違うと思う。それは、例えばここ数年のお笑い番組でよくやるような、笑うポイントをわざわざ視聴者に指示して下さる我々の知性と感性に極めて懐疑的な効果音やらテロップやらとまったく同じことをやっている。元の素材が多少おもしろくなくても、そういった付加的な要素で無理矢理に笑わせてやろうと言うわけですね。それらのやり口に似たテキスト加工行為は、書き手の知性に対しても読み手の知性に対してもこの上ない最大級の侮辱であるとぼくは思うわけです。あなたたちはもっとその侮辱に怒らねばなりません。
 「顔面を愛人のホステスとの情事の最中にずたずたに切り裂かれたみじめな男性の死体の映像であっても、股間に”禁”のマークを入れ、二回ほども『ぱお~ん』と象の鳴き声をかぶせれば、それはお笑いになるんです。こんな表層的な幻惑にまどわされてはいけません。あなたたちは発信する側が隠そうとしている本質をこそ見抜かねばいけません。例えば、元のテキストが本当のところ少しも面白くない、といったようなね。まァ、私の場合は常に何の秘し隠しもなくチンポ丸出しアヌスおっぴろげですからみなさんは何の心配もありませんけれどね。あっ。婦女子のみなさんは目のやりどころにお困りになるかな。(会場爆笑)
 「あ~ぁ、疲れたよ、ほんと。ねえ、どうだった? ちゃんと貫通した? どう、やっぱりあんな黙示録的な顔面の男に貫かれるのは辛そうだった? あっ、だめ。言わないで。こういうのって日活ロマンポルノとおんなじでちゃんとストーリーを追わないと面白くないからさぁ。ちゃんとビデオ撮れてるだろうね。いいとこで切れてたりしたら温厚なぼくでも怒るよ、ほんとに。ああ~ぁ、アワビ喰いてえなぁ、アワビ。店予約してきてよ。ちゃんとビデオも見れるようにセッティングしといてよね。シャワー浴びたらすぐ行くから。
 「……うう、寒い。えっ。なんでぼくがやらなかったのかって? 基本的にぼくってインポだしさぁ、それに18なんてトウが立ちすぎてるじゃない。触るのも汚くていやだなぁ。けがれですよ。ああ、それとさっきのやつ見て良かったら売り出すから。小鳥レーベル第一弾として。会社作っといてよ。これであの娘の家庭も救われるってものさ。現物を見たら病気で弱った親父さん、逝っちまうだろうけどね。二重の意味でね。けけけっ。いやぁ、いいことをしてすがすがしい気分だね。それにしても寒いよなぁ。ハイヤーまだ来ないの。渋滞であと二十分かかる? ふぅん。あれっ。今日はおかしな日だなぁ、また女の子じゃない。若いねえ。年いくつ? 15。ふぅん。捧げて。そう、ぼくに捧げるの。こら、待て。待ちなさい。スリット、スリットォォォォォォ!

猊下といっしょ

 「あれっ。もしかして自分、セルフィとちゃいまんねん?」
 「いやぁ、嘘みたいでんがな。こんなとこでふつう会いまんねんやろか」
 「ほんま奇遇やがな。最近もうかりまっか。立ち話もなんでっからとりあえず近くで茶でも飲みまんねん」
 「すんまへんやけど、いまツレといっしょでんがな」
 「さよか。そりゃ残念でおまんがな。どの人だす」
 「あそこに二人立ってるやんね。あれがウチのツレやんね。右のチンポみたいな真っ黒まんねん金髪まんねんがスコール言いまんがな。左の裸女まんねん痴女まんねん太股まんねんスリットまんねんがリノア言うでんがな」
 「いやでおますなぁ。ほんま、あいかわらずセルフィはおもしろおまんがな。いつまでも変わらへんのは自分ぐらいのもんやで、きみ。ほんまウチは嬉しだすわ」
 「また自分そんな上手ゆうて。ほな、ウチもう行くやんね。また会いまんねん」
 「もちろんやがな、きみ。また電話するやんな。トラビア魂は永久に不滅でんがなまんがな」

 「あっ。小鳥猊下が女学生の無意識に発する『おまん』という単語につぼいのりオがそれを発語するときと同程度の隠喩を感じて顔を赤らめながら、いつでも自前の恋の矢をするどく突き出せるように若干腰を引き気味に、袖口に名前は知らない、ソーメン状の飾りをつけ、乳首と局部を丸くくりぬいた全身にぴったりするラバースーツで御出座なされたぞ」
 「猊下くん、猊下くぅん。愛してるぅ。こっち向いてぇ」
 「こら、沙夜香。そんなふうにしたら、猊下がお困りになるだろう」
 「だってぇ」
 「心配しなくても神話的な存在である我らが猊下は、あそこにああして見えるのは私たちに次元をあわせてくれているだけで、実際のところこの大宇宙にあまねく普遍在し、沙夜香や他の婦女子たちの日々する衣類の着脱や排泄や入浴や動物的欲求の発散をいつも舐めまわすように隅々まで閲覧しておられるのだ。だから、我慢しなさい」
 「うん…わかったわ…寂しいけど」
 「いい子だね、沙夜香。猊下の御身体は誰か一人の婦女子のものではないのだから。その御姿を拝謁できるだけで畏れおおいことなんだよ」
 「嘘の関西弁を…」

 「しゃべるなぁッ!」
 「ドキュッ」
 「出たぁッ 小鳥猊下のワイルドパンチッ そのうっすい両肩から繰り出される小鳥猊下のワイルドパンチッッ」
 「きゃああ。セルフィが突然現れた変態性の闖入者に、全体重をのせた拳の内側で思い切り横っツラをはりとばされたやんね。そのインパクトの瞬間に砕けた頬骨が皮膚を突き破って飛び出し、鮮血を周囲にまき散らしたまんねん、不浄な自身の血をいつも見慣れているウチには実のところ何の動揺も無いやんね。ああっ。パンチのあまりの勢いにセルフィの身体が風車みたく宙空で未だ回転を続けているやんね」
 「ビュビュビュビュビュ」
 「あっ。小鳥猊下が回転の巻き起こす風切り音に耳を傾けながら、ちらちらと健康な内股の間からのぞくパンチラに気を取られながら、そのエロ擬音から連想される現実の事象に思いを馳せつつ、初孫の顔を見る老人のように目を細めて野性の充足した男のする有憂の微笑みを顔面に浮かべておられるぞ。もともとが精神体であり、我々が当たり前にやるような、ちんちんを触るていどのことではオスの欲求を処理してしまえない猊下ならではの深遠な、神々しいとも言えるやり方だ。沙夜香、しっかり見ておくんだぞ」
 「うん、パパ」
 「グシャッッ」
 「きゃああ。重量を問わない空中で十二分に加速を得て、地面という凶器に向かって超高速で叩きつけられたセルフィという実存の顔面から地上数メートルにまで到達するほどの血が噴出したでんがな。噴出した血液の量と小鳥猊下の欲望の量は正比例するまんねん、不浄な自身の血をいつも見慣れているウチには実のところ何の動揺も無いやんね」
 「嘘の関西弁を…しゃべるなぁッ!」
 「ドキュッ」
 「出たぁッ 小鳥猊下のワイルドパンチッ そのうっすい両肩から繰り出される小鳥猊下のワイルドパンチッッ」
 「きゃああ。猊下のワイルドパンチを顔面に頂戴した瞬間にウチという実存の意識から天地の区別は吹き飛び、砕けた鼻柱からの多量の出血がウチという実存の視界を真っ赤に染めたまんねん、不浄な自身の血をいつも見慣れているウチには実のところ何の動揺も無いやんね」
 「(両手をもみしぼり瞳をうるませながら)猊下くん、やっぱり愛してる。愛してる…」

今日のこの人

 東京都杉並区にお住まいの小鳥満太郎さんは人間国宝に指定される最後のホームページ職人です。江戸時代から続くホームページ職人の家系に生まれたかれは、同じく高名なホームページ職人であった父親より手ほどきを受け18歳のおりに独立、それ以来ずっとこの職業を生業としています。今日も特にと乞われ、ホームページの調整に出かけます。
 「最近は年のせいか、目が弱くなっちまって。新しい仕事は断ってるんだけど」
 満太郎さんは我々取材班に苦笑いでそう漏らします。
 「工業製品なんかと違って、ホームページってのはいったん作っておしまいってわけにはいかねえから。その後の手入れが大切なんだな。手入れを怠るとすぐにダメになっちまう。今日のホームページは、俺が20代の頃に作ったやつなんだよ。それがいまだに動いて愛されてるっていうのは、ほんと嬉しいことだよ」
 50年来のつれあいだという奥さんが火打ち石を切って満太郎さんを見送ります。
 「え。ああ、そうだねえ。アレとも長いからね。俺がここまでやってこれたのも、アレのおかげだと思ってます。あ、これァ使わないでおくれよ。いまさら照れくさいから」
 それを言う満太郎さんのはにかんだような表情には、愛があふれているように思えます。

 「よくがんばったな。前に来たのがいつだったかな。五年にはなるか」
 満太郎さんはホームページを手に取ると、流れるような手つきでメンテナンスを行います。それはまるで母親が赤ん坊にする愛撫のように、門外漢の私たちにも優しさの波動を感じさせます。
 「JAVAだとなんだとか、近頃はそういうホームページが多いけれど、俺にゃ本質をごまかしちまうような気がするんだよ。時代についていけない古い人間の繰り言に過ぎないと言われればそれまでだけどね」
 話す間も満太郎さんは手を休めることをしません。その芸術的なテキストが次々と積み上げられていきます。

 「これであと十年は大丈夫だよ、ご主人」
 満太郎さんは取り出した煙草に火をつけると、目を細めて深々と煙を吸い込みます。
 「腎臓をイわしちまって食事制限されてから、仕事の後のこれだけが楽しみになっちまった。十年後にまた来れるかねえ……後継者? ホームページってのは、それぞれが独自で、生殖能力に欠けた奇形みたいなもんでねえ。俺が手を加えることができるのは俺が作ったホームページだけなんだよ。後継者っつったって、そいつはそいつにしか手を加えることのできないホームページを新たに作るだけだ。(頭を掻きながら)こういうこと言うから古いって馬鹿にされるんだな。まァ、最近のホームページはそうでもないようだがね。俺みたいな職人はどんどん無用になってくんだろうな。ガキもいないし、俺の代でこの家業は終わりだろうね」
 そう言って笑った満太郎さんの横顔は少し寂しそうです。

 「顔文字、かい。どうなんだろうねえ」
 満太郎さんの顔が少しくもります。
 「最近は特に多いみたいだね。悪感情は無いよ。いや、昔は顔文字が入っているだけで怒りくるってモニターを殴りつけたりしたものだけどね。でも近頃は年をとったせいだろうね、ああ、可哀想だなって思うんだよ。仏さんみたいな透明で清澄な哀れみの感情が湧いてきて、最後には無性に泣けてくるんだ。日本語の本当の豊かさにも触れられず、精の薄い――あっと、よくねえかな。でも古い人間なんだ、勘弁しておくれよ――箇条書きの文章に句読点の代わりに顔文字を頻発する若い連中を見ると、その無知と愚かさとあまりの手に入れて無さのために泣いてやりたくなるんだよ。彼らは自分の貧困な語彙と日本語力で、目に見えない相手に自分を伝えようと必死なんだ。残念なことに俺たち夫婦は子どもを授からなかったけれど、もし自分の息子なりがこんなふうに顔文字を使っているとしたら、どんなにか胸のしめつけられる気持ちになるだろうって想像するんだ。だって、そうだろう。たどりつけないことは、生まれつき知的にチャレンジさせられてしまっていることは、彼らの罪じゃないんだから」
 満太郎さんの目にうっすらと涙が浮かびます。

 「今日実は俺の誕生日なんだよ。確か73になるんだっけかな。お招きはありがたいんだけど、こんな日くらいは家でアレといっしょに過ごしたいと思います。今日はどうもご苦労さんでした」
 私たちクルーに深々と頭を下げると、最後のホームページ職人・小鳥満太郎さんはひょこひょこと飛び跳ねるような足取りで帰っていかれました。
 去り際に彼の残した言葉は、いまだ私たちの耳に残っています。
 「ああ、誰か俺の誕生祝いに春画を送ってくれねえかな。誰か、幼女の春画を送ってくれねえかな…」

(企画・制作 nWoエンタープライズ)

小鳥猊下その愛

 「『あら、それじゃあなたはとあるVIPと知り合いだと言っていたけれど、今の話だと女性の身体を触ってもちんちんが起立しない男が友達にいるってだけじゃないの』
  『 いや、ぼくは確かにVIPと知り合いなのさ。なぜなら彼はVery Impotent Personだからね!』
  『まぁ! もう、ボブったら本当に憎らしい!』
  『アハハ。君があんまり真面目なんでちょっとからかってみたくなったのさ、メアリー!』」
 「あっ。小鳥猊下が少しも笑えない覚えたてのアメリカンジョークを上に向けた掌をへその付近で小刻みに左右に揺らしながらヒクツな漫才師の笑顔で発話しつつ御出座なされたぞ」
 「ああ、なんてださおなら面白くないのかしら。思わずあくびとともに大量の涙がまなじりから吹き出したわ。そしてそれは私の淫水を暗喩しており、その量と正比例しているわ」
 「なんや、今日の客はノリが悪いで。舞台は客との共同作業や。よぉ覚えとき。ほなワシは失礼させてもらうで」

 「もう。なんで僕がこんな売れない演歌歌手みたいなことしなきゃいけないわけ。客の質は最悪だしさぁ。だいたいチンポとかオマンコとかしゃべるだけですぐ自我の抑圧から解放された心の一番深い底からの笑いを白痴的に爆笑できるような人間はわざわざぼくの公演を見に来ることないんだよ。幼児期に感情を抑圧せねば今まで生きてこれなかったような人種が、履歴書に記載された情報と二時間ほどの面接で判断されてしまうような人格の表層のやりとりに疲れ果てた人種こそが、そのすさまじいまでの心のくびきを解き放つ時間を持つために、錯覚のような一瞬間だけでも楽になるためにやって来て欲しいんだよ。君もヘラヘラもみ手してないでもっとマシな仕事入れる努力したらどうなのよ。いい加減にしないと温厚なぼくでも怒るよ、ほんと。(ノックの音にいずまいを正しあわてて煙草をもみ消しながら)あ、は~い。どうぞ、開いてますから。あれっ。女の子じゃない。どうしたの。とりあえず中にお入りなさいな。ずぶ濡れじゃない。うん。ぼくに会いたくてわざわざ北海道から出てきたんだ。君もヘラヘラもみ手してないで着替え持ってきてあげなさいよ。こんな場末の盛り場を一人でうろついちゃ危ないよ。明日になったら送ってあげるから、今日のところは泊まっていきなさい。え、帰りたくないの。義理のお父さんが暴力をふるうんだ。泣かないで。お母さんには相談したの。知ってる。世間体のために見ないふりをしているのか。泣かないでよ。…ときに経済力のない子供であるという事実はそれだけで充分に屈辱的だよ。ぼくがここで放り出したらこの子はきっとどんどん身を落としていくんだろうなぁ。…よければ、ぼくといっしょに来ないかい。君に君を喰いものにしない、世間体や打算でない本当の愛情をくれる暖かい午後のようなお父さんとお母さんをあげるよ。保証してやれるわけじゃないけれど、君は今より幸せになれるかもしれない。うん、いい子だね。まだ名前を聞いていなかったね。名前は…」

 「真奈美、どうしたんだ。電気もつけないで」
 「お父さん。うん、ちょっと昔のことを思い出していたの」
 「そうか。(穏やかな顔で手をさしのべながら)さぁ、もう夕御飯の時間だ。今日はステーキだってお母さん言ってたぞ」
 「(目尻をぬぐって明るく)やったぁ。あたし、ステーキだぁい好き!」

裸の王様

 上品なバーのさざめき。突然入り口の扉がくの字に折れ曲がり逆方向の壁にスッとんで叩きつけられる。
 「(チンポ丸出しで)デストロォォォォイ! 裸の王様のお出ましだァ! おっと、精薄ども、動くんじゃねえよ! もしぴくりとでも動いてみやがれ、俺様のこいつが火をふくぜ!(ト、人差し指と親指を折り曲げて拳銃の形にした右手を構える)」
 「ジョージ、なんなのあれ。私怖いわ」
 「HAHAHA、春先にはこういうヤツが多いんだよ。すぐにつまみだしてやるから安心しな、ヨーコ……(錨のいれずみが入った上腕を誇示しながら)どうやら入る場所を間違えたみてえだな。俺が病院に送り返してやるよ。ヘッヘッ」
 「(癇癪の青筋をこめかみに浮かせて)動くなっていったでしょおッ! (人差し指を男の頭部に向けて)ばぁん」
 メリケンの頭部がはじけとぶ。飛び出した目玉がシャンパンのグラスに沈み、泡を立てる。
 「きゃああああああっ」
 「(人差し指の先を吹いて)いい? みんなこの男みたくなりたくなかったら動くんじゃないよ…ああ、暑い。何か冷たい飲み物が欲しいなぁ(カウンターに目をやる)」
 バーテン、ひきつった笑いを浮かべながら飲み物を用意しようと後ろの棚に手をのばす。
 「動くなっていったでしょおッ! ばぁんばぁん」
 バーテンの頭部が四分の一吹き飛び、腹に向こう側が見通せる大穴があき、そうして糸の切れた人形のように横倒しに倒れる。開いた蛇口から吹き出す大量のビール。
 「これが心理学で言うところのダブルバインドってヤツよ。試験に出すから覚えておいたほうが利口ですよォ…おい、そこの金髪」
 「(半笑いで)な、なんスか」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「あ…あの(薄ら笑いを浮かべる)」
 「ばぁんばぁんばぁん」
 金髪の身体にみっつ穴があく。金髪、その穴を何度も信じられないという泣きそうな顔で確認し前のめりに倒れる。金髪の死体にのしかかられた老婆が白目をむいて卒倒する。
 「馬鹿。ほんと馬鹿だね。みため通りの馬鹿。オリジナリティのかけらも無いね。民族としてのアイデンティティを放棄してるくせに個人としてのアイデンティティすら確立できてないんだよ。ほんと馬鹿。最低だね…おい、そこの女」
 「(半笑いで)な、なんでしょう」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「ダ、ダブルバインド」
 「せいか~い。かしこ~い。ご褒美たくさんあげなくちゃねえ? ばぁんばぁんばぁんばぁんばぁん」
 一瞬のちに女の身体は肉の破片でしかなくなる。燃え残った灰が崩れるように、数秒おいて彼女だった残骸がその場に濡れた音をたてて崩れる。
 「復習ですよ、復習。けけけっ。さぁて、つまらない遊びはこのへんにしとかないとな。話すことはたくさんあるんだ。まず掲示板のことだが、これは別におまえらとコミュニケーションをとるために設置してんじゃねえんだ。俺の存在が唯一絶対であり、おまえらの意見なんざ一切聞き入れる気はねえってことをおまえたちにも目に見える形でわからせるために置いてあるんだ。その深遠な逆接を読みとりもできずに、ヘラヘラなれなれしく話しかけてくんじゃねえ! おまえがコスプレしようが下痢しようが俺の知ったことか! くだらねえ批判もだ! それは自分のホームページに反映させてろ! 読む時間と書く時間が無駄だ! ただ賛美しろ! 俺を褒めたたえろ! ばぁんばぁん」
 二人の男女が眉間を寸分たがわず打ち抜かれ、びっくりしたような表情のまま吹き出す血の勢いで後ろむきに倒れる。
 「ああ、せいせいした。まったくよォ…ばぁん」
 左脇下から見えない背後を撃つ。若い男性が胸に穴をあけられくるくるコマのように回転して倒れる。
 「クズ、クズ! 批評家きどりめ! 『もう限界ですか?』だと? したり顔め! 死ね死ねっ! ばぁんばぁん」
 もみ手でつくり笑いの男が両足を撃ち抜かれる。噴水のような出血。
 「友だちからだと? 友だち募集だと? おまえが欲しがってるのは友だちなんかじゃなく自分の賛美者だろうが! 不完全で矮小な自らの自我を補償してくれる白痴的な追従者だろうが! 幼少期の濃密な愛情の欠如から自己存在を意味性によって形づくることができなかったので、そんな一時しのぎの、くだらない、間に合わせの品でなんとか応急手当しようと必死ですかァ? おまえがタチ悪いのは、その操作にある程度自覚的なことだ。無理だよ、おまえみたいなのは一生友だちなんてできないね…(向き直り)おまえたちみたいのは何年生きたって意味ないよ、進歩ないよ。死ね死ねっ! おまえたちみんな死んでしまえ! ばぁんばぁんばぁん、ばぁんばぁんばぁんばぁん」
 裸の男が人々の密集した一角に飛び込み、たちまち店内は阿鼻叫喚のちまたとなる。
 すべてが終わった後、立っているのは裸の男だけ。血煙にけぶる店内を大股に横切って最奥のソファに身を投げ出す。
 「(半眼でけだるく)純粋な愛情を手に入れた肉だけが人間になることができるんだ。それ以外? それ以外の肉は人であることを喪失して神になるのさ。いや、もっと正確に言うなら神と全くズレなく重なる自我を手に入れさせられるんだ。その中で神の自我にふさわしい能力を持つものは、圧倒的な賛美者に囲まれ時代の真の神となり、それのかなわなかった肉は――つまり神たる能力を持たなかった肉は、だな――こんな安普請のつくりごとの中で(ト、手をのばし後ろの壁を軽く叩く。薄っぺらなベニヤの壁は倒れてその向こうに虚無をのぞかせる)賛美者をかき集めるために裸で舞い踊るのさ。けけけ。いずれにしても人間じゃない以上人間の幸せは手に入らねえがな。(目をつむる)最初にチンポを舐めさせていたのは俺のほうだったはずなのに、いつのまに俺がチンポを舐める側になっちまったんだろうな…」
 セットの後ろに無数の顔が浮かびあがる。その顔には一様に目・鼻・口がついていない。
 「(跳ね起きて)バカヤロウ! 降りてこい! いつまでそこで眺めてるつもりだ! 舞台に立てよ! こっちに来いよ! ばぁんばぁん(弾はすべて水面に投げた石のようにわずかの波紋を残して吸い込まれていく)。 くそ、くそっ! そっちがそのつもりなら、見てろ、見てやがれ!」
 裸の男、ペニスを握りしめこすりはじめる。
 「どうだ、畜生、こういうのが見たいんだろう、こういうのが見たかったんだろう!」
 虚無に浮かぶのっぺらぼうの顔の筋肉がうごめき、笑いともとれるような感じをかたち作る。男のペニスが勃起しはじめる。
 「(荒い息の下で)あ、やっぱり…喜んでくれてるんだ。あなたたちが喜んでくれると僕はとても嬉しいんだ…あなたたちが喜んでくれないと僕は自分がいないような気持ちになる…だって僕にはあなたたちを笑わせて喜ばせることしかできないから…それ以外の価値なんて僕にはないんだ…知ってるよ、知ってる…ああ…」
 突然のっぺらぼうの笑みが消える。冷たいさげすんだ視線の感じが残る。顔が一つづつ消えはじめる。男のペニスが萎縮していく。
 「あっ…待って、待ってよ! ひどい、ひどいじゃないか! 見ていってよ、最後まで見ていってよ! ひィ、ひィィィィィィ」
 裸の男、誰もいない廃墟につっぷして泣き出す。が、突然身を起こし、
 「なぁんてね。びっくりした? びっくりした? おい、みんな、いつまで寝てんだよ!」
 撃ち抜かれた部位はそのままに、男の声に呼応して死んだ客たちがむくりと起き出す。
 「いやぁ、もう小鳥くんたら迫真の演技なんだもん。私あせっちゃった(^^;」
 「ほんとほんと(笑)。俺、マジでちょっとちびっちゃったよ(TT」
 「メンゴメンゴ(笑)。でもネットって本当にいいよね! たくさん友だちできるし、それに…」
 「それに?」
 「千佳ちゃんにも会えたし…(*^^*)ポッ」
 「きゃあ☆ それってもしかして…告白?(^^;」
 その様をいつのまにかまた空中に現れた無数の顔が見つめている。口元に浮かぶ侮蔑の笑い。
 「あはは、いいなぁ(^^) みんなほんと最高だよ。ネットワーク最高! ずっとここにいたいなぁ(泣)」
 「いいんだよ、ずっとここにいて(^^; 現実はつらいからね(笑) 現実は容赦ないからね(爆笑)」

小鳥猊下講演録

 「もうタってま~す」
 「あっ。小鳥猊下が授業はじめの挨拶のときに立ち上がらず、それを国語科の女教師に指摘されるのに反抗してみせているぞ」
 「なんてへだらなビーバップなのかしら。私のヴァギナが挿入を求めて小刻みに蠕動しはじめたわ」
 「もうタってま~す」

 「はぁ。うん、ちょっと落ち込んでてね。聞いてくれるかな。もし、もしだよ。僕たちを創り出した神のような存在があって、そのかれの影響を僕たちがはっきりと受けるとしたら、かれの本業が忙しくなったりしたら――もちろんこれは例えで言っているんだよ――僕たちは完全にほうっておかれるんじゃないだろうかね。なんだか最近僕たちのまわりを取り巻く愛のムードが希薄だと感じるんだ。それが僕の気持ちを沈ませる…ああ、ちょっと抽象的すぎる話だな。いや、いいよ。忘れておくれ。心が弱くなっているときは何もしゃべらないほうがいいね。そろそろ時間だ。行かないと。
 「……みなさんはいつも私の講演を聞きに来て下さる。人生の限られた時間で限られた豊かさをできるだけ多く現実という場所から切り取るために…いや、失礼。どの人間をも無理矢理巻き込もうとする、人生のありかたに対する脅迫的なこのような言い様は私の中にこそ問題があるのでしょう。私は恐怖しています。私はつねに次の瞬間自分の足下が崩れ去るのではないかと恐れている。すべては時間の流れの中で色を失いくすんで、鈍くなり、そして消えていく。消えていった者たちの中には私より明らかに優れている者も多くいた。ここでは力あることが生き残るための条件ではないのです。私にはわかりません。私がなぜ選ばれて、選ばれ続けてここにいま在るのか。私は大勢のうちの、ただ自分が大事な、自分をしか見ない、世界に広がる視点も持たない、小心な、本当に小心な一人に過ぎなかったのに。私がこの場所にいることでこの場所にいることを許されなくなった無数の人間たちのことを考えると、その意味の重さに私はすくんでしまう。流す涙は常に傲慢であり、私は進む一歩の歩みごとに味方を失って孤独を増していく。私はそうして、一人でやるしかなくなってしまう。みなさんはどうぞそれぞれの場所で見ていて下さい、私がどこでつっぷして動かなくなってしまうのか、その行方を。私の破滅があなたたちを何かの形で楽しませるのならば、それは無数の道化たちの一人として、至上の喜びであるでしょう(沈黙。ためらいがちな拍手がまばらにおこる)。
 「よくなかったね。よくなかった。いや、いいよ。こういうのは自分が一番わかるもんなんだ。妙な嗅覚だけが発達してね。いやらしいね。ハイヤー? うん、今日はやめとくよ。ちょっと歩きたい気分なんだ。それじゃ、お疲れさま。本当にいつも君たちはがんばってくれるね。(何かの感慨にとらわれたかのように見回して)いったい僕の何を気に入って集まってくれているのかわからないけれど、君たちの奉仕に応えられる日がいつか来るといいね…」
 「(ふと空を見上げて)ああ、春雨じゃ。濡れてまいろう…(果てしなく続く曇天の下、都会の雑踏へと消えていく)」

虚構ダイアリー

 「(軽快な音楽とともに”nWo”のロゴが流れる)ニュース・ワールド・オーダーの時間です。さて、全米を恐怖と混乱と深い悲しみの渦へと巻き込んだビルバイン高校銃乱射事件ですが、その後犯人の高校生二人がこの最悪の計画を立案するにあたり参考にしたのではないかと思われる映像が発見されました。まずはご覧下さい。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)これは小鳥猊下を名乗る日本人の主演する『虚構ダイアリー』の一部です。この映像はインターネット上のウェブサイトにアップロードされており、誰でも閲覧することが可能な状態にありました。今回の事件の犯行の手口と極めて類似する内容です」
 「うわ、この男すごい包茎やん。うちの小学生の息子でもここまではひどないで……(眼鏡を取り外し眉根を押しもみながら)いや、まったくひどいものです。このような、十代のまだ心の成熟しない少年たちに直接に悪い影響を与えるようなものが垂れ流しにされていたなんて、まったく恐ろしいことです。一日も早いインターネットの法規制化を望みますね」
 「やっべえなぁ。俺んとこのサイト、ここからリンク張ってもらってたんだよなぁ。まさかバレてねえよなぁ……いや、こういったサイト群に一方的に責任を求めるのは正しいやり方ではないでしょう。かれらだって、その生育史において得た何らかの負の要因に無意識的に動かされてやってしまったのだとも考えられる。見方を変えるなら、かれらだって被害者だと言うことができると思います。現代社会と教育のね」
 「せやけどこのキャスターでかいチチしとんなぁ。ほんまメロンみたいにでかいチチしとんなぁ。あれが永遠に俺のものにならへんのやと思うと欲情より先に憎しみがわいてくるで……(指でテーブルを神経そうにコツコツ叩きながら)なにを寝ぼけたこと言ってんですか。実際被害を受けた人間の家族とその関係者のことを考えてみなさいよ。死んだ人もいるんですよ。(急に声をあらげて)だいたいだねえ、幼児期の問題とか生育史とか、そんなのは本当のところ人間の性格の在り方に全然関係なんかないんだ。そういうのは目に見えないからってどうにも最終的な証明がならないからいつまでも消えずに残っているだけで、前世紀からある犯罪者擁護のための寝言に過ぎないんだよ。せいぜいが弁護士の使う技術・方便に過ぎないんだよ。ホームページなんて作るやつはそもそも現実に居場所のない暗いおたく野郎で、先天的に脳に生物学上の欠陥を抱えた一種の不倶者なんだから、どっか郊外の広い野ッ原にでも集めてガスかなんかで息の根を止めるか、それじゃ不細工な肉がたくさん残って見栄えが悪いってんなら、ナパーム弾かそんなもので跡形の無くなるまで焼いてやればいいんだ。単純なことだ、馬鹿馬鹿しい。いつまでこんなことで議論をして限られた時間を無駄にするつもりなんだ。こんなのは問題にすらならないよ(両手を広げるジェスチャーをする)」
 「(激昂して立ち上がり)ホームページは文化ですよ! あんたぐらいの電波を喰いものにしている似非評論家に何がわかるっていうんだ! 絶対に反撃の恐れのない対象にしか攻撃の穂先を向けない最低の卑怯者め! おまえみたいな顔の人間は毎夜エロサイトを巡って最近の安価な大容量ハードディスクがぱんぱんになるほどに婦女が様々の現実の対象と交接する類の画像を収集しまくっているに違いないのだ! この過剰色欲者め!」
 「(立ち上がり相手の胸ぐらをつかむ)なんだと! おまえこそ俺の人気のせいで仕事がまったくまわってこない妬みをバネにホームページを作成し、狭い狭いコミュニティで若干有名になりお山の大将きどりだったりするんだろう! だいたいあのような時間をもてあました学生や無職や人格破産者といった社会の底辺層の形成する集まりに、社会の一線で活躍しているまっとうな人間がなぐり込んでいけば勝つのは当たり前じゃないか! それをおまえの実力と勘違いするんじゃないよ!」
 「(騒然となるスタジオを尻目に冷静に)さて、それではもう一度問題の映像をご覧いただきましょう。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)以上、再び『虚構ダイアリー』よりの映像でした。お二方、何か改めてお気づきになった点などはありませんでしょうか」
 「(乱れた頭髪とヒビの入った眼鏡を直しながら吐き捨てるように)包茎だよ、包茎。この男、包茎じゃねえか。それじゃ犯罪もおこすよな」
 「(乱れたスーツとネクタイを直しながら吐き捨てるように)まったくだ。その点については同意するよ。包茎・無職・ホームページの三重苦じゃね。普通の人間ならとうに発狂するか、自殺するかしてるね」
 「(冷静に)この人物は犯罪の原因になったと思われる映像を作成しただけで、犯罪行為の事実があったというわけではありません」
 「(ぎらぎらした目で)いや! それはもう遅かれ早かれだ。間違いない。オフ会で半径50メートルの間近にまで接近・遭遇し、そこから聞こえないようなか細い声で二度も名前を呼ばわったほどの親密な関係を持つ俺が言うのだ、間違いない」
 「(ぎらぎらした目で)まったくだ。それはもう痴漢行為現行犯逮捕と同じくらい間違いがない」
 「(時計にちらりと目をやり)時間もなくなってまいりました。それではお二人に今回の事件について総括していただきましょう」
 「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、あなたのメロン状に突き出したボインちゃんは狼男にとっての満月のように青少年の野性に強く激しく訴えかけているのではないかと私は恐れている。君、我々はネット上のあるかないかわからないような幻影を追うよりも、眼前のこの巨悪をこそ打倒せねばならないのではないか」
 「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、その点については同意します。(立ち上がり拳を振り上げて)女性ニュースキャスターのタイトなスーツに厳しく束縛されたボインちゃんは青少年性犯罪の抑止力でこそあれ、それを促進するものであっていいはずがない! (拳を前面に突き出し)違いますか! わ、私が何か間違ったことを言っているとでもいうのか!」
 「(椅子を蹴って立ち上がり)その通りだ! 我々はこの最悪の犯罪要因をみすみす野放しにしておくわけにはいかない! 断固没収である! 没収、没収ゥゥゥ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
 「そうだ、その通りだ! ふふふ、君との間には大きな誤解があったようだ。こんな興奮は学生運動で警官の後頭部を棍棒でもって強打したとき以来初めてのことだよ。粛正、粛正ィィィ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
 「(二人の中年に包囲の輪をせばめられながら冷静に)意外な結論をみた今回の討論ですが、我々にはもはやそれを追試するだけの時間は残されていません。今日番組をご覧になって下さったみなさまの今後の人生の宿題となさってくれれば我々にとってこれにまさる幸いはありません。お別れの時間です。それでは、来週のこの時間まで。さようなら。あ。いやん、いやぁん」

十万ヒット御礼小鳥猊下基調講演

 「……いつまでそんな片隅でやくたいもない繰り言を続けるつもりですか。誰も、誰ひとりあなたのことなんて見ちゃいないし、あなたのことを少しでも重要だと思う人間なんていないんですよ。もしいるとしたらそれはあなたと同じレベルのつまらぬボウフラのごとき生き物が、他人の位置を常に追い求めることでしか自己の立つべき場所を見いだせない生き物が、優越を満たすためだけに気のないふうに出歯亀の陋劣さでわずかにのぞき見ているにすぎないんですよ。天才を持たないあなたたちの語る世界への絶望は、完全に個人的な妄言の範疇に収まってしまっており、いかなる普遍性をも持ち得ず、ただただどこまでも不快なんですよ。あれえっ。どうなってんだい。静まり返っちゃったよ。おい、今日の演説の草稿書いたの誰よ。榎木谷くん。聞かない名前だなぁ。そんなのうちにいたっけか。え、何、ネットで拾ったの。ぼくが。はいはい。あのナントカいうサイトの運営者ね。思い出したよ。へえ、君がそうなんだ。もっとおたくっぽい外見かと思ってたよ。あのね、殺して。うん、そう、殺すの。何度も言わせないでよ。ショットガンで原形をとどめない肉片になるくらいずたずたに、文字通り完膚無きまでに殺してよ。まったく、おおよそ一万ヒット程度のサイト運営者の浅知恵が考え出しそうな内容だよね、これ。本当のことを何のひねりもなくそのまま言ってどうすんのよ。その程度までの視力ならね、誰でも持ってんの。自分だけがわかったツラでことさらに強調してみせて馬ッ鹿みたい。自分の矮小な能力と偏狭な世界観いっぱいいっぱいのシロウト人間分析で悦に入ってんじゃないよ。君らみたいのはぼくなんかと違って人としての根本の器がまず決定的に小さいから、自分の知ってること全部吐き出さなくちゃ相手の興味をひき続けることをやってけないから、見せちゃ自分が危ないとこまで自分を見せなきゃいけないはめになって、結果として身を守る裏返しですべてに対して攻撃的にならざるを得なくなるのよ。こんなのに一瞬でも期待をかけた自分が馬鹿だったね。ムカつくよ。いいよ、いいよ。おれ今からアドリブでやるから。あ、殺すまえにそいつにも聞かせてやってよ。ここから先は無いと諦めていた無明の闇の果てへ自分の進むべき未来への方向性を見いだした瞬間に死ななければならない絶望と無念は、それはもう格別だろうからね。けけけっ。
 「……この世は残酷な場所です。神の視点においては人間もアメーバも区別が無い。ぼくたちはただ増え、そして空手で死ぬ。人の心は移ろう。 あなたは裏切られ、明日にはかれの中でまったく意味を失ってしまうでしょう。確かに永続するものは何ひとつとしてない。天上の愛もいつかは赤銅色に錆びつき、路傍にうち捨てられ、風化して朽ちることもままならず、その残骸を屈辱のうちにさらし続けるだろう。永遠に続くものがあるとすれば、それは朽ちた愛情の惨めさだ。愛される救済の瞬間はまたたきのうちに消え去り、やがて自己投影の幻想に気づいた象徴の両親たちは鼻をつまんで自らの失敗作から身を遠ざける。誰もあなたを本当に求めはしない。真実のあなたが認められるはずはない。だからあなたは誰にとっても都合のよいあなたをいつまでも演じ続ける。そうしてついには真実の自分と偽りの自分の落差に倦み疲れ、ひとり勝手な憎悪に身を焼いて、絶望も意味をなくす空虚さの中で完全に心を硬直させてしまう。無数の他人からの投影に道化師のように応え続けるあなたは、ついにはどれがあなただったのかすらわからなくなって、呆然と立ちつくしてしまう。この世は残酷な場所だ、でも。ぼくは安易な希望を語ることをしない。ぼくは希望を信じていない。それは人間が抱く自分以外の対象への身勝手さに他ならないからだ。けれど、この世が残酷な場所だと認識し、絶望に満ちていると確信し、その最悪の悲嘆の中でなおあらわれるかすかな”でも”という声に含まれた希望のひびきをぼくは信じる。すべてが様変わりし、あなたを見返らないそのときでさえ、ぼくはあなたの側にいる。心変わりした恋人がかつての両親のようにあなたを見捨てるそのときでさえ、ぼくはあなたを見捨てない。ぼくは決して変わらない。あなたがおそれるような、あなたを必要としないぼくにはならない。ぼくはいつでもあなたの醜悪さのすべてを受け止め、丸がかえする。あなたがわずかの時間でも傷ついた羽根を休め、また再び残酷な世界へと舞い戻って行くことができるように。ぼくはあなたの持つ虚しい現実の情報の蓄積ではなく、あなたの魂を愛している。ぼくには誰でもない、真実のあなたが必要なんだ。ただ時間を埋めるためだけのすべての意味の無い言葉の群れのうちで、ぼくがあなたに告げるこの言葉だけは本当だと信じて欲しい。”I need you.”(しわぶき一つないしんとした静寂が会場を満たす。やがて聞こえるかすかな嗚咽)
 「ってな具合さ。人間は壊れやすいよ。だから心のいちばん敏感なひだに触れるように、そっとやさしくやるんだ。やつらが心底そのように理解されたがっているカタチに理解してやるんだ。人間は誰も飢えた野良犬と同じなんだよ。やさしくのどの裏を掻いてやりさえすれば、簡単にだらしなくよだれまみれの舌を突きだしながらひっくり返って腹を見せてくる、下品で簡単な赤犬なのさ。コートでかたく身をよろっているように見えても、ちょいとやさしく暖めてやればストリップよろしくたちまちコートも何も脱ぎ捨ててすべてを投げ出してくる。ごたいそうな心の傷へポルノビデオよろしく官能的に舌を這わせてもらいたがってるんだよ。その手管を知っている人間なら誰でもいいんだ。ぼくじゃなくてもいいんだ。金を持っていさえすれば誰にでも股を開く商売女と同じさ。なんて博愛的な平等精神にあふれた、この上なくつまらない連中なんだろうねえ! 死んじゃえ。みんな死んじゃえ。みんな残らず死んじゃえ。
 「……うう、寒い。え。あ、そう。死んだの。破片はちゃんと全部かきあつめて肉ダンゴにして別荘のニシキゴイにやってよね。あれやるとさ、鱗の色彩の照りがずいぶん違ってくるんだよね。自然から出てきたものはちゃんと自然へと還元してやらないとね。これこそ大往生ってもんですよ。かれもあの世で喜んでるだろうね。涙流して地団太踏みながらね。けけけっ。それにしても、ハイヤーまだ来ないの。え。他のサイトの講演に全部出払ってる。気にくわないなぁ。え、百万ヒットの。ふぅん。ぼくを殺して。うん、そう、ぼくを殺すの。おい、目をそらすなよ。待てよ、どこ行こうってんだよ。離せ、チクショウ、触んな。おれの命令が聞けねえのかよ。殺せよ、早くおれを殺せよ。誰でもいい、誰かおれを殺してくれェェェェェ!

冬の別離

 「(冬の大気に渇いた唇の荒れとその下にある悪い歯並びを一本一本確認できるほどのリアルな描写で、演壇に木製の槌を気狂いの暴力性でガンガン打ちつけながら)カフェインを多量に含んだ琥珀色の液体を穀類から抽出する作業に”煎れる”と漢字を当てる自意識の持ち主は死刑!」
 「あっ。小鳥猊下が誰もいない傍聴席に向かって口角泡飛ばしているぞ」
 「なんて肥大した自我領域と自尊心の持ち主なのかしら。私の愛想もそろそろ尽き果てたわ」
 「(同心円状に渦を巻いた黒目で)女性器の内壁に男性器を密着させる作業に”挿入る”と漢字を当てる自意識の持ち主は死刑!」

 白い壁に四方を覆われた、光源の特定できない不安定な小部屋の隅に、あばらの浮くほど痩せた一人の男が膝を抱えて座りこんでいる。その顔に生気はなく、目はうつろで焦点を持たない。両手足の先は紫に変色しており、指先にいたっては茶色く腐りはじめている。
 男の上に人影が差す。
 「猊下…」
 「(わずかに眼球を動かす。ほとんど聞き取れないようなかすれた声で)……やぁ。真奈美、ちゃんじゃないか(頬の筋肉をわずかに痙攣させる)」
 「いったいどうしてしまったっていうの、猊下。(しゃがみこんで男の手を取る。蛆の浮いたそれに頬ずりしながら)ああ、なんてことでしょう! あの誰をもよせつけない、あなたの神々しいまでの邪悪な傲慢さはいったいどこへいってしまったの(むせび泣く)」
 「(唇を歪めて)そんなものは、最初からどこにもありはしなかったんだ」
 「(激しく首を左右に振って)嘘、嘘! じゃあ、わたしの見ていたものはなんだったっていうの。わたしの、何を捨ててもいいと思うまでに愛したあれはなんだっていうの」
 「(目だけで見上げて)幻想さ。君の中の、君にしか見えない、ね」
 「(悲鳴のように)言わないで! (弱く)…そんな残酷なこと、いまさら言わないで。わたしはもう引き返せないの。あなたがどう変わろうとわたしはあなたと心中するしか残されていないのよ」
 「(皮肉に笑って)そうやって君はいつもぼくを追いつめていくんだよな。もうそういうのはまっぴらなんだ。真奈美ちゃん、君がまだ少しでも、君自身の自己愛の裏返しのようではなく、本当にぼくのことを想い、愛してくれるところを持っているのなら、どうぞこのままぼくを放っておいてほしい。ぼくがいま一番求めているのは、誰からもかえりみられることのない解放される死のような放埒さだけなんだよ…(目を閉じる)」
 「(ぞっとする怨念とともに、強く)させないわ。そうやってわたしのすべてを奪っておきながら、わたしの世界を何の幻想も無い苦痛の場所へ無惨にも改変しておきながら、自分だけわたしをおいてまた一人の世界へ閉じていこうというの!(男の腕をつかむ)」
 「(わずらわしそうに振り払って)うるさいな」
 「お願い、もどってきて。(懇願するように両手をもみしぼり)ねえ、猊下、わたしはあなたじゃなくちゃダメなの」
 「(悲しそうに)それが嘘だっていうんだよ。もう遅い。どうやら追いつかれたみたいだ(周囲の大気がゆっくりと動き出す)」
 「きゃあッ! な、なに、これ…寒い。寒いよ、猊下。助けて、たすけ(両手で肩を抱いてガチガチと歯を鳴らしながら床へ倒れ込む)」
 「(憐れみをこめて)ここは現実と虚構の狭間の部屋なんだ。完全につくられた実存である君が長くいられる場所じゃないんだよ、真奈美ちゃん(様々の悪意に満ちた嘲りが自我を圧迫する奔流のように、無意識を陵辱する強姦魔のように、原色に渦巻きはじめる)」
 「(涙を浮かべ、震える唇から押し出すように)さむい、さむいよぅ……ねえ、わたし、死ぬの?」
 「(少女の頬に手を当てて)ごめんよ。でもこれは、――胸をつかれたように一瞬沈黙し――君の罪じゃない」
 「(首をわずかに持ち上げて)ねえ、猊下、わたし、生きたかったわ。春も、夏も、秋も、冬も、猊下といっしょにいようって。猊下がおじいさんになって、わたしがおばあさんになって、それまで猊下といっしょにいようって。猊下がわたしを見なくても、猊下がわたしを必要としなくても、それでも猊下といっしょにいようって……(力を無くして床に首を落とす)そう、決めてたのに」
 「(苦痛に眉を寄せて)ごめんよ」
 「猊下、死ぬまえにひとつだけわたしのお願いを聞いてほしいの。(涙にうるむ小動物の目でみつめて)わたしのこと、好きだと言って」

 男、少女の目を見返す。だが、口を引き結んだまま一言も発さない。間。

 「(理解を含んだ寂しそうな微笑みを浮かべ)さいごまで、まなみは、げいかを、こまらせてばかり…(少女の目に白く濁った膜がかかる。焼けた鉄板に水滴を落としたような音とともに少女の身体はかき消え、白い泡だけがその場に残される)」
 「(床に残された白い泡のかたまりを見つめたまま立ちつくす。そして振り返り)君たちが殺したんだ。これで満足だろう?」


 やがて男はすべてに興味を無くした瞳で再び元の位置へと座り込み、自分だけの王国にささやきかけるようにそっとつぶやく。
 「君が尻軽な売女なら、まだぼくは救われたのに。それって、愛じゃないか」

ラブレター

 「夏のはじめには必ず深刻な様子で『今年はセミが鳴かない…』などと自分だけのものに過ぎない絶望と閉塞感とトラウマを図々しくも世界に押しつける発言でちょっと意識のある繊細さを御開示なさってしたり顔のみなさま、コンバンワ~」
 「あっ。小鳥猊下がネットに特有の誰かに語りかけているようでその実どこにも対象の無い過激で挑発的な発言を繰り返しているぞ」
 「かれの内なる両親を間接的に攻撃しているのよ。心の奥底からいつも響いてくるあの恐ろしい声を聞かないように、本当は何の興味も無い空虚な言辞で毎日の時間を埋めざるを得ないんだわ。もしかして、まだ自分の言葉に何かの意味があると思っているのかしら」
 「(黒目をトーンで貼った茫然自失を表現する漫画的な記号の目で)フリーセックス! フリーセックス! 全国六千万の売女のみなさま、コンバンワ~」

 思い出せない悲しい夢に目が覚めたら、身体が子どもみたいに熱くなっていた。
 傷つけられた知恵は報復する。ぼくは醜く治癒した傷跡の起こすひきつれに、それと気がつかないまま幾度もつまづき転ぶ、哀れな小虫だ。それはぼくの盲点を巧みに突いてくる。どんなに気をつけたって、ぼくはやっぱりそこで転ぶんだ。ふと気がつくと、洗ったばかりのハンカチを気にくわず、小一時間も折り畳みなおしていた。どんな熱狂の瞬間にさえ、人生の貴重な時間を空費していると感じる自分がいる。誰かが眼鏡の位置を中指でキザっぽく直しながら無表情で言う。強迫観念。その誰かとは、もちろんぼくのことでもある。最近わかったけど、対象に共感できないとき、人は分析を始めるんだ。無数の分析屋たちの韜晦に、ぼくの心は気がつかないうちに、とても疲れていった。情報が受け手を選ばなくなり、ぼくは残らずこの世界の何でも知っているような気分で、知っているからもう何も知りたくなくなった。無気力と倦怠感だけが日々深まっていった。性の知識だけは豊富にある不潔で淫乱な処女のように、もはやどんな秘事でさえ、ぼくに何の関心も新鮮さも与えなくなった。ただすべての事象は平坦に、ぼくの心を波立たせることすらなく、通り過ぎていく。とても近いはずの人の死でさえ、ぼくには何の感興も与えることができなかった。ぼくの心には、喪失感が喪失している。だから今まで、どんなことにでも耐えられたのだろう。でもそれは、充たされたことがなかったから、喪失がいったいどんなものであるのかわからなかっただけなんだ。知らない人間にとっての知識は奇跡だ。そして、いまやぼくは何でも知っている。だから、ぼくの上には決してキリストがしたような奇跡も、救済も訪れないだろう。聖書の神は知ることを禁じるけれど、それはぼくがする訳知り顔の分析のような、両親が子どもに対して絶対の権威を維持するための寓話では実はなくて、多く知ることにより喪失してしまう人間存在の尊厳を保持するためだったのではないかといまになって思った。もう、すべて遅すぎるにしても、そこに気がつけたのは、よかった。
 キリストの魂は、完全な愛だったんじゃないだろうか。かれは、数千年の人類の自我の歴史の中にあって最初の――そして、おそらく最後の――どこにも傷のない全き魂の持ち主だったんじゃないか。あのとき、ぼくは自分の中にとても純粋な、悲しみにも似た切なさが生まれているのを突然知った。それはまるで、愛のようだった。こんな気持ちがずっと続くことができるのなら、世界そのものだって救うことができるだろう。発露した愛はその自然のように、間違うことなく人間存在へと向かうだろう。そして、すべてをあますところなく癒すだろう。
 キリストが、たったひとりでしたように。


 窓を開ければ、ほら、世界はこんなにも美しい。

崩れゆく聖域

 「ぼくは自分も見えないほど傲慢だったから、きっと君になにかしてやれると思ってた」


 木々が重なりあい、互いにもたれあうかのように深く深く複雑に生い茂った暗い森。近くにある国道から時折車のライトが照らすが、番人のように密集してそびえる木々に遮られ、その奥はまったく様子がうかがいしれない。枝々の隙間から、かわいた血の色をした月明かりだけが微かにそこを照らすことができる。月明かりの下、小さな子どもなら頭まで埋まってしまいそうな木々の下生えに、もみあうふたつの人影が見える。そのうちのひとりはもうひとりの半分ほどの身長しかない。獣のような低い息づかい。突然の魂消る絶叫。速い風が雲を押し流し、斜めに差し込む月明かりが人影の上を照らす。ひとりの少女が下生えから足を引きずるようにして出てくる。身にまとう高価なものであったのだろう洋服は左胸の部分が無惨に引きちぎられ、その下にあるぎょっとするような生めいた薄い赤色の乳首の周辺には、5本の指をそれぞれ数えることができるほどくっきりと青く、手のひらの形のアザが浮いている。フリルのついたスカートは中ほどから裂かれ、少女の内股を伝って恐ろしいほどの量の血が流れつづけている。ほの赤い月明かりに照らされた横顔は、その年齢の子どもの精神では決して持ちえないような、一種凄惨な憎悪に引き歪んでいる。
 「(手の甲で頬についた血をぬぐい、荒い息の下から)ちくしょう、あんなクソ野郎、前は何人だって簡単に殺せたのに! ちくしょう、ちくしょう……誰ッ!(物音に、洋服の残骸をかき集めるようにして後ずさる)」
 「(木の後ろから、奇妙に人間めいた印象を欠いた幽鬼のごとき様子で男が現れる)江里、香」
 「(警戒した様子を解かず)お父さん。よかった」
 「(少女の無惨な姿に、恐ろしく低い声で)まさか、失敗したんじゃないだろうな」
 「(瞬間ひどくおびえたような表情を見せるが、何かをはねのけるように強く)失敗? ハ、私が失敗するわけないじゃないの! 殺したわ、もちろん殺したわよ。このナイフの先端が頸骨を砕くほどに何度も突き立ててやった。白土三平の漫画みたいに、水平に数メートルも血を吹き出して、下衆な悲鳴を上げながら死んだの、ママ、ママって。そりゃ本当に無様で、みじめな…(言いかけ、急に片手を口に当てると身体を折り曲げるようにして嗚咽する)」
 「(その様子を見下ろすようにしながら)そうか。確かに殺したんだな。ならいい。(感情も抑揚も全く感じられない声で)よくやったな、江里香」
 「(少女、男の声の調子に嗚咽を止める。漏らしてしまった弱みを恥じるように、気丈に胸をそらし)死体の処理はどうなってるの」
 「(事務的な口調で)今回は非常に簡単なケースだ。あの男はおたく的な引きこもりの典型だったからな。月に何度かはバイトに出ていたようだが、30を過ぎて定職にもつかず、両親はじめ親戚縁者からは軒並み勘当されている。ころ合いに社会から断絶され、今までの中でも最も処理しやすい死体のひとつだろうな」
 「(苛立たしげにもつれた髪を手櫛でひっぱりながら、形だけの相づちで)そう、それはよかった。(さりげない話題を切り出すように)ところで、猊下は?」
 「(男、初めてわずかに困惑したような表情を浮かべて)それは、わからない。ただ(口を開こうとして黙り込む)」
 「(眉を寄せて)ただ、何?」
 「(何かを推し量るように宙へ手のひらを指しのべて)猊下の虚構力が弱まってきていることは事実だ」
 「(いらいらした様子で)あなたが何を言ってるのかわからないわ」
 「おまえにもわかってるはずだ、江里香。いや、名前を持たないおれなどが言うまでもなく、おまえたちには何の障壁もなく感じることができるんだろう。それに、(侮蔑の表情を浮かべ)現におまえは取るに足りないあれくらいの獲物に逆襲され、犯され、ほとんど殺されそうになっているじゃないか」
 「(薄明かりにわかるほど、サッと顔を紅潮させて)私が油断しただけよ! (胸に片手を当て)猊下には何の関係も無いわ」
 「(聞こえないかのように)各地の実行部隊からの消息が次々と途絶えている。(ぽつりと)潮時かもしれんな」
 「(首を左右に振って)何、言ってるの。いったい何を言ってるのよ」
 「猊下の虚構力が現実を束縛できなくなりつつある。おれたちの形を規定できなくなりつつある。(唇の端を弱く歪めて)いまなら抜けられるさ」
 「(崩れていく何かを見たくないかのように目をきつくつむり、絶叫する)お父さんッ!」
 「おまえは傷つけられた子どもだった。おれは壊れてしまった家庭の償いをしたいだけの大人だった。夢を見ていたよ、ずっと。長い、長い夏の日だまりのような。おれはおれの家族を恢復することができるかもしれないと思った。だが、それは嘘だった。すべてつたない誰かの手による作りごとだった。洗脳から解けた人のように、ある朝おれは奇怪なギニョール人形を抱きしめて、廃墟でダンスを踊っている自分に気がついたのさ。(後ろめたさを隠すように陽気に両手を広げて)言っておくが、おれは猊下を恨んじゃいないぜ。(うつむいて)ただ、おれが気づいてなかったのは、それが他人の虚構だったってことだ。(間。唐突に顔をあげて)おれといっしょに逃げないか。そうして、誰のものでもない、ふたりだけの、新しい家族っていう虚構を始めないか。(すがるように)このままじゃ、そう遠くないうちにおまえは殺されちまうぞ」
 「(殉教者の静かさで首を振って)ありがとう。でも、もう決まってるの」
 「(力を無くして)そう、か。おまえは猊下に名前をもらった人間だから、そう言うだろうとはわかっていたよ。わかっていたんだけどな(語尾が弱々しく消え、男、顔を伏せる)」
 「(男の感傷を遮る酷薄な冷たさで)さようなら」
 「(男、口を開きかけるが、きびすを返して行こうとする。と、立ち止まって振り返り)なァ」
 「(感情のない微笑みで)なぁに」
 「(ためらうように)小鳥猊下って、いったい何なんだ?」
 「(最も美しい数学の解答をうたうように)ただのホームページ制作者よ」
 「(失う苦悩を声に含ませ、強く)だったら、なぜ!」
 「(ひどく大人びた表情で、憐れむように、小さな子にかみふくめるように)誰かを愛するとき、崇高であったり、美しかったり、尊かったり、かしこかったり、価値があったり、そんな必要は少しもないの。ただ、それが愛であればいいんだわ」
 「(男の顔が泣きそうに歪むが、すぐに無表情を取り戻し)さようなら、江里香」
 「さようなら、(一瞬の逡巡の後)…お父さん」
 男が森を抜け国道へと降りていくと、少女はただひとり暗い森の中へ残される。しばらくの間、何かに浸るように目をつむり立ちつくしていたが、やがて足をひきずりながら、重なりあい、深く深く複雑に生い茂った、すべてを拒絶するかのような暗い森の中へとひとり帰っていく。

イマジン

 何もない日々。穏やかな日々。(閉め切った薄暗い室内のじめじめした布団の盛り上りが画面に映る)。大手サイトのリンク集に名前を連ねることもなく、ネットワナビーの経営する弱小サイトの掲示板で非難や中傷の的になることもない。ネット社会での私は完全にいないものと同じになっていた(布団の盛り上がり、画面に映る。さきほどと比べ、窓から差し込む陽光に室内の様子が明るくなっている)。まるで、個人日記サイトなどというネット上のカテゴリを知ることもなく、ただガツガツと心を飢えさせていた十代のあの頃に戻ったかのようだった(布団の盛り上がり、画面に映る。窓から差し込む陽光、弱まってきている。盛り上がり、微動だにしない。間。室内は再び暗闇に包まれる。布団の盛り上がりがわずかに揺れる)。食卓で愚息の余分な薄皮を弄びながら、。おたくとは一番遠い人のように、まるでおたくを人ごとのようにして談笑する自分を見つけたとき、私は愕然とした(湯気を立てる食事を前に、ズボンを半ばずりおろしてチンポの皮を引きつのばしつしている男が、対面に座った女性に強く叱責されている写真が挿入される)。私がいるいないに関わらず、ネット社会の時間は変わらずに流れてゆく。だが、それを知って、気が楽になった。『サクラさん』は、朝の用便の最中に着想してから1時間で書き上げた。(軽快な音楽とは裏腹な、薄暗い部屋の中で分厚い眼鏡に背中を90度に丸め、 モニターから10センチの距離に顔面を接近させた鬱陶しい図柄の写真が、何枚もスライドのように画面に挿入される。最後の写真は、”笑いの演技の練習中”としか形容できない男の顔面の様子がアップで写される)

 (映画館の座席に腰掛けた男の姿が映し出される。股ぐらにポップコーンの大きな器を抱え込んで、ぼろぼろと盛大にこぼしつつむさぼっている) 「ア、アニメはいいね。アニメはとてもいい。だってそれは本当のことじゃないからね。本当のことじゃないってことは、覚悟をしなくていいってことだよね。だからとてもいい(スクリーンの映像の光が男の顔面に照り返し、一種異様な雰囲気を作り出している)」
 ――あなたはアニメの中で、何が一番好きですか?
 「小さな女の子だね。生まれ変わって、まず何になりたいかって聞かれたら、小さな女の子だって答えるよね。だって、そうすれば、ずっと誰からも後ろ指さされることなく小さな女の子といっしょにいられるわけだよね。いや、ちがうんだ、もちろんアニメの方の小さな女の子だよ。だって、現実の小さな女の子は、まァ悪くはないけど、泣くし、臭いし、わがままだし、じきに小さな女の子じゃなくなってしまって、ただのイヤな女が残されるだけでしょ。それはとても残酷だし、ぼくにとっても、女の子にとっても辛いことだよね。ね。(男の隣に座っていた女性、もうたまりかねたといった様子で席を立ち上がり、その場を立ち去る。湿度が高まった女性器を指で擦るときの擬音に、甲高い声で”アイアムゲイカ”という歌詞の連呼が加わる曲が流れ始める)」

 (ひどいせむしの男と女性が、第三者が見たならばお互いが知り合いであるとはとうてい思えないような距離をおいて歩いている) ”ぼくはホームページを更新するとき、自分と同年代の人々を思いながら、彼らに語りかけるように更新するんだ。『やあ、小鳥猊下だ。最近調子はどうだい。元気でやってるかい。80年代、90年代はガンダムとかエヴァンゲリオンとか、大作化するRPGとか、ジャンプの衰退と復権とか、ひたすらおたくで、さんざんだったな。21世紀はお互いいい時代にしようぜ』”
  
 「(小太りの男が、ほとんど両足を動かさないまま、左右に跳びはねるように近寄ってくる。フェンスに飛びついて)なあ、小鳥猊下、あんた小鳥猊下だろ。信じられねえ! 今日ここで会えるなんて! なあ、握手してくれよ! おれ、あんたの大ファンなんだ。(せむしの男、尊大にフェンス越しに手をさしのべ、握手をする)信じられねえ! 信じられねえよ! なあ、聞いていいか? nWoはいつ更新を再開するんだ?」
 「明日だ(せむしの男、フェンスから歩み去る)」
 「(跳びはねて近寄ってくる小太りの仲間たちに向かって)なあ、小鳥猊下だ。小鳥猊下と握手しちまった! おれ、信じられねえ! 信じられねえよ!」

 (黒い服に身を包んだ女性が背中を向けて座っている)
 「いま思えば、いくつか事件の暗示はありました。発売日にジャンプを買って来なかったり、以前はあれだけむさぼるように執着していたし、批判の言葉もものすごかったのに、最近では1時間ほどでゲームをプレイすることをやめてしまったり。何のコメントも無くです。ああ、でも、これらはすべて後付けの理屈なのかもしれません。本当のところ、かれの内側で何が起こっていたのかは、どんなに近しい人間にもわからない。かれにしかわからない、かれだけの世界なのですから」

 (プリントアウトしたものらしい紙束を胸に抱えて、数人の女性が泣きじゃくっている)
 「私たちにとってnWoは特別なの。私たちは小鳥猊下とともに成長してきたわ。猊下は私たちがなんとなく感じていた生きにくさに指をさして、”それはおたくだ”ってはっきりと言ってくれたの。私たちは初めて自分たちのおたくに胸を張ることができた。学校にいても、会社にいても、どこにいてもnWoがそこにあるってわかったから。おたくじゃない猊下のnWoなんて考えられないわ(紙束に顔を埋めて号泣する)」

 早朝の駅前ロータリー。低く流れるキーを外した不安な音楽。とある量販店の前で、某有名大作RPGの路上販売の声が響く。遠くからふらふらと歩いてくる男。男、香港の路地裏の屋台に裸にむかれて吊された鶏の死骸を連想させる様子でネクタイに緊縛されている。高まる不安な音楽。路上販売のあげる威勢のいい声。ふらふらと白昼夢の中の人のように、そこへ歩み来る男。突然の突風に揺れる某有名大作RPGのロゴを染め抜いた旗。路上販売のまさに前にさしかかる男。音楽はもはや耳をおおわんばかりの音量と不安定さで流れている。一瞬写真のネガのように反転し、停止する風景。男、路上販売に一瞥もくれずに通り過ぎる。叩きつけるピアノの音。男、人混みの中を駅のエスカレーターへと呑み込まれてゆく。駅前に行き交う老若男女、男の姿が見えなくなると一斉に地面に倒れふし、大声で泣きわめきながら、”オールユーニードイズオタク”という歌詞を、互いに肩を組んで即席のウェーブを作りながら歌い始める。

 ぼくは自分の中のおたくがわかりすぎるぐらいにわかってしまっていた。例えば”12名の血のつながらない妹による乱痴気騒ぎ”といった断片的なキーワードから、自分がどのくらいの笑いとエロと批判と自虐とを含んだ更新をすることができるか、やる前からもうすでにわかってしまっていたんだ。生来の内罰性と無気力が、互い自身の歪んだ相似からくる際限の無い自己嫌悪の螺旋を作り出す平穏な日常という名前の地獄。ぼくとぼくの中のおたくはいつも、とても苛立っていた、お互いのすべてが見えてしまっていた。創造の魔法は終わったんだ。

 (明らかに日本人では無いが、国籍の特定できない顔立ちの男が、正面を向いて座っている。心地よいと感じる抑揚をわずかに外した日本語で、男、話し始める)
 「それは最初はほんの気まぐれな思いつきだったのかもしれません。きっとお互いの中にあった閉塞感に何か、風を入れることができたらと思ったのでしょう。実際かれらの様子はとても陽気で、何もかもうまくいっているように見えました。でも、そのとき、そこにいた誰ひとりとして、それがnWo最後の更新になるなんて、想像すらしていなかったのです」
 ビルの屋上に置かれた雨ざらしのスピーカーから、突如”ドントレットミーゲイカ”という歌詞で始まる曲が、薄曇りの夏の夕空に向けて大音量で流れだす。スピーカーより遠ざかっていく視点。最初、耳を覆わんばかりのすさまじい音量で、スピーカーの音割れからか、何か人外の獣の吠え声のような、悲鳴のような切迫感を伴っておんおんと周囲に鳴り渡っていた曲も、カメラの視点がわずかに遠ざかるだけできれぎれとなり、すぐに何も聞こえなくなる。

夢の終わり

 「(まぶたの下で瞳を痙攣させて)いや~んばか~ん、そこはおイドなの」
 「あっ。小鳥猊下が張りついた白痴の微笑みとともに薄目を開けて自身の無意識を探索なさっているぞ」
 「(着物のすそをまくり上げて)猊下、私のおイドも使って!」
 「(まぶたの下で瞳を痙攣させて)いや~んばか~ん、そこはおイドなの」

 体育館。整然と並べられたパイプ椅子。その一番後ろに少女が一人座っている。他には誰もいない。演壇には、ひどく痩せ衰えた男。演壇の隣には、袴姿の男と着物姿の女が立っているが、その様子はひどく人形じみて生気を持たない。演壇の痩せた男、細かく痙攣する手で水差しを取り上げ、盛大に零しながらコップへとそそぐ。コップの中身を飲み干すと、男の手の痙攣が止まる。男、咳払いして痰をきる。少女、立ち上がって拍手をする。男、かすれた、そしてろれつの回らない声でしゃべり始める。
 「まァ、俺が言うのはエヴァンゲリオンだ。8割、9割、エヴァンゲリオンだと思ってもらってかまわねえ。俺はじつは不感症で(甲高い笑い声を上げる)、いままであんまりすごいとか感じたことがねえから、もう8割、9割、俺が言うのはエヴァンゲリオンだと思ってもらってかまわねえ。あー、実存の可能性としては、2つあると思うんだな。ひとつの実存は、永遠の命と知恵を持っている。こりゃ、もう神様だな。もうひとつの実存は、知恵も永遠の命も持っちゃいねえが、死というプログラムによって種としての存在を永遠へと連鎖させる。これは植物も含んだ、生物全般のことだな。人間ってのは、(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)どっちにも当てはまってねえよな。知恵というのは、死と同居しにくいんだ。本能は死を理解するが、知恵は死を本当の意味では理解できないからな。それに、知恵ってのは、単発なんだよ。受け渡せない。ドストエフスキーが死んだら、また次のヤツは一から始めなきゃならねえ。人間ってのはその意味で、存在を続けること自体が奇跡的な、言ってみれば奇形に過ぎないんだな。なぜっておまえ、知恵は死と同居しにくいからな。だからさ、親子の情とかさ、そういうのは生物の側に属するものなわけだろ。その反対で、なんでもかまわねえが、例えばいまおまえたちがここで聞いてるダベりは、知恵だろ。神様の側に属するもんなの。だからさ、わかるかな、若いうちは、死ぬことが近くないから、知恵なわけよ。親が俺の感性を理解しないとか言って、飛び出すのよ、例えばさ。なぜかってえと、知恵だからさ。それがさ、ある程度年とってくると、生家に戻ってさ、お父さん、私が悪ゥございましたァってな演歌で泣き崩れて、父親は父親で一番いい羊を屠るわけよ、息子のためにさ。なんでって、お互い死が近くになってっからさ。もう二人とも生物なんだよ。(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)こんな具合にさ、一生のうちに神様と生物の間を行ったり来たりすんのが、どっちつかずの人間のバランス取りなわけよ。俺、バランス取りって言葉よく使うけどさあ、神様と生物の間のバランス取りってのは、かなりいい例えじゃん。んで、エヴァンゲリオン。宇宙に飛んでったエヴァンゲリオンさあ、あれは永遠の命と知恵と、神様じゃん。神様っつわれたって、本当にいるのかどうかなんてわかんねえから、人間が目に見える次元と形で、哲学やら神学やらの仮定を実在させたのがあのエヴァンゲリオンなわけよ。んで、地球に残ったのが生物と、そして二人の人間な。3つの実存を、正確に言や、2つとその中間ってことだが、人間のうだうだを全部ブッ壊すことで仕切りなおして、も一回最初のように切り分けたんだな。壮大な実験が始まるようにさ、どの実存が世界にとって一番ふさわしいんだろう、ってさ(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)。
 「あとな、文章で人間がわかるんですかって、おまえさあ、わかるに決まってんじゃねえ。言葉が人のカタチを規定しねえってんなら、いったい何が規定するってんだよ、まったく。(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)そりゃ、自己防衛の薄ら笑いで、小学生の作文コンクールをひとりでやってるぐらいにはわかんねえだろうよ。おまえな、本当の言葉ってのは、すべての防衛とは遠いところにあんだよ。馬鹿なヤツは馬鹿な文章を書くし、軽薄なヤツは軽薄な文章を書く。そんなん決まってんじゃねえか。言葉には、すべての愚かしさと、すべての無知と、そして、(声を低めて)すべての気高さがあんだよ。言葉は、それを書いた当人が気づいていないような、無意識の澱の、その奥底の醜さまで、勝手におまえの言葉を読んだ相手にささやくんだ。(コップに水差しからそそぎ、飲み干す)あのな、本当の言葉を書くためにはな、世界と人間を理解しなきゃダメなんだよ。少なくとも、世界と人間を理解しようと思わなきゃなんねえんだよ。それを、さかしげに人類史や世界や、そういった巨大な流れから切り離された個人の感情だけで言葉を語りやがって。俺たちゃ、お互いみんな違うように見える。けど、少し踏み込んだら、みんな同じなんだ。そして、もう一つその奥では、やっぱり全然違うんだよ、俺たちは。この人間理解の道程をもたどらず、最初に感じる世界への違和感にだけ拘泥した愚かしさで、誰か自分以外の人間に届いてしまうかもしれないここで、言葉を吐こうなんて少しでも思うんじゃねえ! (水差しを取り上げるが、中身が入っていないのに気がついて、床に叩きつける。粉々に砕ける水差し)本当の言葉ってのはなァ、個人の浅薄な意識を超えたところですべてを知っていて、そして外に出したが最後、すべて勝手にみんなに教えちまうんだ、こいつは差別主義者ですよ、こいつは性的倒錯者ですよ、おおっとダンナ、こいつは両親からひどく虐待されていたようですよ、うへへ過剰色欲者、たまんねえ! そしてな、その出歯亀に終わらねえ、言葉ってのは個人の意識をはるか超え、個人が世界へ死にものぐるいでつながろうとするときの、究極の手段なんだよ! (気狂いの目で口の端から泡を飛ばして)その丸裸の恐怖と栄耀を知らずに、少しでもここで言葉を吐こうと思うんじゃねえ! 文章で人間がわかるんですか、だと? おまえの魂胆はまるわかりなんだよ!(絶叫し、演壇をひっくり返す。演壇の倒壊する、もうもうたる粉塵の奥から姿を現し)いいか、よく聞け、俺は常に答えを出す。まァ、本当はどっちかなんて誰にもわかんないんだけどね、なんて腐れた防衛の言葉で、俺は答えを、真実を濁らせたりはしねえ。ここで独白に終わらねえ言葉を吐こうとおまえが少しでも思うのなら、おまえが何者であれ、例え間違っていようとも、何か答えを出さなきゃなんねえんだよ! (一瞬の静寂。ゆっくりと)俺は、答えを出す。その瞬間瞬間に俺が見い出し、確かにそうだと信じた答えを、世界という名前の莫大な問いかけへの答えを、おまえたちがどれだけ耳を覆おうとも、俺はひとりで叫び続けてやる! そして時々に形や位相を変え続ける世界へと、決死の丸裸でむしゃぶりつき、俺の言葉で噛みやぶり、引きずり出し、咀嚼して、耳をふさぐおまえたちの上に嘔吐し続けてやる! 俺が弱くなり、荒れ野に朽ち倒れるそのときまで、俺は究極の答えを、嫌がるおまえの口の中に無理矢理ゲロし続けてやるって言ってんだよ! この終始薄ら笑いの白痴めが!(喉の裂けた血煙を吹く)

 「(拍手をしながら近づいてくる少女の姿に気がつき、脅えたように)どうだった、今日の講演は?」
 「(小動物へ向けるような、この上ない優しい微笑みで)良かったわ。とても良かった」
 「(突如激し、少女を突き飛ばす。整然とならぶパイプ椅子の列へ、倒れこむ少女)そんな、つたないセックスをした客をなぐさめる商売女のような調子で、俺に話しかけるんじゃねえ!(散乱したパイプ椅子の列から、少女の髪をつかんで引きずり出す。大きく振りかぶり、平手。そしてまた平手)」
 「(赤く腫れたまぶたに、切れた口の端から血を流して、棒読みに台詞を読むように)自分の感情と行為の非を、心が理解してしまわないために、逃げるようにさらなる激情に身を任せる(髪をつかまれたまま、目だけを動かして男を見る)」
 「(慌てて少女の髪を離し、脅えたように背を向ける)何が講演だ! こんな誰もいない場所で、何が講演だ! あいつら、俺を誰だと思ってんだ!」
 「(両膝に手を当て、自分を支えるように立ち上がり)『猊下の虚構力が弱まってきている』、そう言った人がいたわ」
 「(激しく振り返り)弱まってなんかいねえ! それを証拠に、見ろ! (男、演壇の横に立っている着物姿の女に向けて指を鳴らす。女、それに応じて着物のすそをまくりあげる。かすかな狂気を思わせる様子で目を剥いて)どうだ、これでも弱まってるって言えんのか!」
 「(哀しそうに首を振る)あれには魂が入っていないからよ。自分でも、もうわかってるんでしょう? 魂を持ったものたちは、みんな行ってしまったわ。ドラ江さんも、D.J.FOODも、パアマンたちも、CHINPOも、みんなここから行ってしまった」
 「(両耳をふさいで)違う! あいつらは、全員俺が殺したんだ」
 「(淡々と)ここに誰もいないのは、あなたがいつからか殺せなくなってしまったことに、みんな気がつき始めたからよ。どうしてかは知らない、あなたは自分が生み出したものたちに対して、真摯にならざるを得なくなってしまった。いつの日からか。(哀しそうに)そう、いまのあなたにできるのは、せいぜいが魂の無いものたちに猥褻な行為を強要するぐらいのもの」
 「(一瞬サッと顔を紅潮させるが、すぐに泣きそうな表情になって、その場にくずおれる)知ってたよ……魂があるものたちに対して、俺は俺の虚構力を及ぼせなくなっているのに、とっくに気がついていた。俺ができたのは、せいぜいかれらの様子を詳細にスケッチすることぐらいだけ」
 「(憐れみの視線で)あの人が言った、あなたの虚構力が弱まってきているという言葉。でも、それは正確じゃなかったのね。少しでも魂を持ったものたちは、あなたの指の間からすり抜けて、ここからおりて行ってしまう」
 「だからといって、いったい何を変えることができるっていうんだ……俺だって、たくさんの一人に過ぎないのに(両手に顔を埋める)」
 「(近寄り、優しく肩を抱き寄せて。勇気を奮い起こすように)もう、やめましょう? あなたが自分の中に生まれた、魂への真摯さを裏切りたくないのなら、もう、やめましょう。ここで行われていることは、あまりにあなたのその気持ちを裏切っているわ」
 「(すがるような表情で顔を上げて)江里香」
 「(右頬にゆっくりと涙を伝わらせて)私をまだ、名前で呼んでくれるのね」
 「(苦悩に顔を引き歪めて)それは、無理なんだ。何度そうしようと思ったのかわからない。でも、それは、無理なんだよ。本当に」
 「(歌うように)じゃあ、私を殺しなさい」
 「(予期していた絶望に悲鳴を上げて)江里香!」
 「私を殺して、あなたの持っていた虚構力をわずかでも取り戻しなさい。そうすれば、あなたはここで多少長らえることができるでしょう。それができないのなら、(いまや滂沱と涙を流しながら、両手を広げ)私といっしょに、ここをおりて」
 「(ほとんど音にならない悲鳴で)あ、あ、あ……ッ(両手の指を額に食い込ませる。裂けた皮膚から血が流れ出す)なぜ、どうして、いつのまに、こんなことに……!」

 一人の痩せこけた男が、入り口の扉へ身体をぶつけるようにして出ていく。男が出ていった途端、演壇の横に立つ二人の男女が、糸の切れた人形のようにくずおれる。誰もいなくなった体育館の床に転がる少女の生首。長い髪の毛に隠されて、切断面は明らかでない。ほとんど生きているように見えるその顔は、まぶたを閉じて、すべてから解放された永遠の安らかさをたたえている。

小鳥の唄(17)

 階段状の観客席が六角形に取り囲み、すり鉢状になったその底で全裸の男が立ちつくしている。
 男、骨格が視認できるほどに痩せており、局部にはなぜか紫色のもやがとりまいている。
 すり鉢の底を形作る六角形のうちの二面には、なんのためのものだろうか、長方形に切り取られた入り口があり、通路がそれぞれ奥へと伸びている。
 通路の奥から一人の少女が現れて、すり鉢の底へ形成された砂場へと足を踏み入れる。
 少女、しばらく躊躇したような様子をみせるが、やがて意を決したように全裸の男へ声をかける。
 「落ち込むことなんてないわ」
 少女の声音はあくまで優しい。
 「学生時代のクラスメートほどの人数は来ているって思えばいいのよ。だいたいあなたにとってクラスメートの数は友だちの数と同じどころじゃなかったんだし、そう考えればまだ気も晴れるんじゃないかしら」
 「物語っていうのはさ」
 少女の声が聞こえなかったかのように、男は話し出す。
 「0から始めて1に届こうとする躍動が描く、動線そのものだったと思うんだ。そりゃ、0から動かず0であることを肯定するための言葉を連ねるやり方だってあるけれど、それは少なくともぼくにとっての物語じゃないんだ。1に爪先を引っかけて0から身体を乗り上げた人たちの姿に、ぼくは自分もいつか1になるのだと深い感動を覚えたものだったし、1に向かって高く跳躍しながら、爪1枚で届かなかった人たちの肩を落とす様子さえ、ぼくの心を強く揺さぶった。けれど、いま世の中にあふれているのは、0以下から始まって0に届こうとする物語ばかりだ。マイナス1から0へ、というわけさ。否定してるんじゃないよ。その試みは0から1への希求と、その質や切実さにおいては何ら変わるところはない。けど悲劇的なのは、その”文学的達成”というやつが、ふつうの人たちにとっては何らカタルシスを持たないということなんだ。マイナス1から0への到達を誇示したところで、それは世間にとって少年院から出てきたヤンキーを見る程度の感慨をしか引き起こさない。つまり、身内に抱える積極的な、あるいは消極的な社会悪や犯罪性向をまず開帳し、そしてそれから『ぼくはもう犯罪衝動を押さえ込むことができるほど真人間になりました!』と前科持ちが宣言したとして、誰もそんな宣言を聞きたいなんて思わないし、例え耳を傾けてくれたところで、余計な差別を彼らの意識の中に加えるだけだってことは、ほとんど喜劇みたいじゃないか」
 つま先で砂に文字を書きながら、黙って話を聞いていた少女が口を開く。
 「じゃあ、あなたはどうなの? あなたのホームページに書かれている文字は、いったい今のどれに該当するの?」
 「痛いところを突くな。ぼくはつまり、『1をすでに達成しながら、0や0以下であることへの執着から逃れられないでいる』のさ!」
 「まあ」
 少女は驚いたように、手のひらを口元へ当てる。
 「それって、『終わらない思春期』よね。実物を見るのは初めてだわ」
 「ああ」
 全裸の男の局部をおおう紫のもやが、ふとももの間からへその下へとゆっくり移動する。
 「そうさ、へっさいへっさいモラトリアムなのさ」
 「アハハ、だから、いつまでたっても人の来なくなったホームページを閉鎖してしまわずに、未練たらたらで時々申し訳程度に更新したりしているわけね。アハハ、おっかしい!」
 男のこめかみに漫画的な十文字が浮かぶ。
 「ちょっと、茶目ッ気がすぎるんじゃないか」
 男、固めたこぶしの五本指を左頬からすべて数えることができるほど激しく、少女の右頬を打ちつける。
 陰影まで微細に誇張して書き込まれた犬歯や臼歯が、少女の口腔からはじけるように宙へと舞う。
 男、続けざまに、背中の側からつま先の形状がはっきりと視認できるほど深々と、少女のみぞおちを蹴りこむ。
 真紅の鮮血が少女の口腔から噴水のように吹く。が、地面に染み込んでいくそれは早くも赤黒く、さび色に変色してしまっている。
 少女は蹴られた衝撃で地面と水平に滑空し、壁面へ人型にめり込む。
 もうもうたる煙のはれた後には、少女が左の肘をあり得ない角度に折り曲げ、二の腕からぎざぎざに折れた骨を皮膚の外へ飛び出させているのが見える。
 少女、壁面から身を引き剥がし、よろよろと男の方へ数歩あゆむ。
 男の局部をおおう紫のもやが、へその下からふとももの間へ急速に移動する。
 「こんなふうな犯罪性向、自分より弱い存在を暴力でもって蹂躙して、それが悲鳴を上げるのを聞きたいといったような感情を、『人とつながることにそんな形をしか選択することのできない者の悲しみ』とでも表現したところで、それに涙を流したり共感したりするのは、やっぱり他人を痛めつけて悲鳴を聞きたいと思っているような人種だけで、結局、世間を構成する大半の、0から人生を始めている人たちにとってはどうでもいいどころか、嫌悪と敵意さえ抱かれてしまう可能性がある、人類を正常と異常の2つに分断する以外の機能を持たないやり方なのさ」
 「な、なるほど……わかり……やすいわ……」
 少女、身体をくの字に折り曲げて顔面から砂地へ倒れ込む。少女の瞳が黒ベタから灰色のトーン貼りに変わる。男、少女の生死に興味を残していないふうでしゃがみこむと、地面から一掴みの砂をすくいあげる。
 おたくの敵と非難され、嘲笑され、罵倒され――
 それでも更新したくって、更新したくって――
 あれほど更新したいと思い続けてきたのに――
 「もう、こんなに更新したくない」
 ――ああ。おたくの繰り言が聞こえる。
 こたつ布団に広がる去年の醤油染みのような、日常が新しさを失ってなお繰り返されてゆくのを否応なくつきつける、重苦しい現実。
 いつの間にこの人は、こんなにも輝きを失ってしまっていたのか。
 少女が、その少女らしい純粋さを希求する旅の果て、ついに手に入れたのは、この世で一番醜いものだった。
 この世で一番醜いもの――おたくの自意識に触れながら、小鳥猊下を最初期から取り巻いていた少女たちの最後の一人は、その八年と三ヶ月に渡る長い旅を終えた。

小鳥の唄(18)

 階段状の観客席が六角形に取り囲み、すり鉢状になっている底で全裸の男が少女の遺体に腰掛け、両手に顔をうずめている。
 男、気配を感じて顔を上げると、そこには少女が立っている。彼が腰掛けにしている少女とは似つかぬ容姿なのだが、おそろしく似通った雰囲気を感じさせる。
 男、再び両手で顔をおおう。
 「いつになったらぼくは君たちから解放されるんだろう。いつまで君たちはぼくに執着し続けるんだろう」
 「答えは自明なのに、口にされた言葉を改めて聞かないと納得できないのね」
 少女、老婆のような深く長いため息をつく。
 「ずっとよ。私は、私たちはあなたの無意識から生まれてくるのだから、ずっとよ。あなたが死ぬまで、ずっと」
 男、老人のようなしゃがれた声でつぶやく。
 「それは、それは。本当に、修辞的ですらない、地獄のような恋慕だな」
 少女、口元に冷笑を浮かべる。
 「あなたにしては気の利いた言葉だけど、何かからの引用かしら」
 男、笑顔のように口元を歪めて顔を上げる。
 「ずいぶんと無意味な質問をするもんだ。ぼくたちの言葉はすべて、引用からできている。巨大な歴史が順繰りに言葉をしらみつぶしにしていった結果、ぼくたちの言葉はすべて引用になってしまった。歴史がその処女野を蹂躙しつくした言葉を、ただむなしい引用として、中年夫婦の諦観と希薄さでぼくたちは発話する――」
 男、ゆっくりと立ち上がると通路の奥へと去っていこうとする。
 少女、一瞬、何かの感情をこらえるかのように口を引き結ぶと、それをすべて呑み込んで、大声を出す。
 「ねえ!」
 男、振り返る。その瞳は灰色に彩色されており、虚ろである。
 「なんだい」
 少女、消え入りそうな声で問う。
 「これで、終わりなの?」
 男、悪魔のように哄笑する。
 「ハ、ハ、ハ。これもやはりエヴァンゲリオンからの引用なんだがね……『わかるもんか』」

五十六万ヒット御礼小鳥猊下基調講演

 「もう、もう、もーッ!!」
 画面の奥から襞の入った洋装の少女が、頬を紅潮させて猛然とかけてくる。
 そのまま諸兄の眺めるカメラへ額から激突し、もんどりうって倒れる。頭部をハンマーで強打された瀕死の猫のように、尻を高く突き出し、顔面を地面にすりつけて、ぐるぐると回転する。
 やがて立ち上がると、青ざめた顔でカメラへ向き直る。
 「(怒りに肩を震わせて)ゆ、ゆるさん……! いまのは痛かった……痛かったぞーッ!」
 少女、頭突きを試みて再び猛然と駆け出す。
 しかし、諸兄の眺めるカメラへ額から激突し、もんどりうって倒れる。頭部をハンマーで強打された瀕死の猫のように、尻を高く突き出し、顔面を地面にすりつけて、ぐるぐると回転する。
 死んだような静寂の後、少女、自らのまきあげた埃の中から姿をみせる。
 「(額を両手で押さえながら、涙声で)本当に、救いようのないおばかさんたちですね……教えてあげましょう、私のアクセス数は56万です。(突然のすごいかんしゃくで足を踏み鳴らして)もうッ! なのになんで誰もあたしをほめてくれないのよ! (ひと言ごとにますます激しく床を踏み鳴らしながら)大きらい――大きらい――大きらいだわ! (どしん、どしんと地団駄を踏みながら)よくもあたしのことを構成力に欠けて、読みにくい文章だなんて、言ったわね! よくも萌え不自由で、アクセス数貧乏だなんて、言ったわね! あんたたちみたいにおたくで、幼女趣味で、精子なしの人を見たことがないわ! これであんたたちが気を悪くして、アクセス数がもっと減ったって、あたしヘイチャラだわ! はかったみたいに更新の翌日から、それまで毎日1件はあったweb拍手をぴったりととめて、あんたたちはあたしの気持ちをもっとひどく害したんだもの! あたしの腹心の友といったら、もうだんぜん、スパムメールだけだわ! だからけっしてあんたたちなんか許してやらないから! 許すもんか! (袖のフリルでごしごしと目元をふいて)でも、あたしはかしこいネット孤児だから、どうやればみんなの期待を裏切らないかってことも、わかってるつもり……(両手を組み合わせ、薄幸そうな笑顔で)愛されるようにふるまわなくちゃ、だれも、ワンクリックでやっかいばらいできるネット孤児を愛してくれるわけなんてないもの……けど、覚えておいて。ウィンドウが閉じられるたび、ブラウザーの戻るボタンが押されるたび、あたしはひとり、死ぬんだってこと……うふふ、やれこわやれこわ! せいぜいネット弁慶と呼ばれないように、これからはあたしもかんしゃくを直さなくちゃ! だから、あたし、きょうは冷静におはなしできるようにって、お手紙かいてきたのよ……お兄ちゃんたち、聞いてくれる?(胸元から便箋をとりだすも、取り出す際に衣類の内側を計算された角度でカメラに誇示する)
  『本当に、今回の無反応は身に染みました。最上のクオリティをお届けしたい一心で、他意はございませんでした。みなさまの求めるものと私が良いと感じるものは、もはや致命的にズレてしまっていることを痛感します。よって、自戒をこめた次回の(少女、突然手紙から顔をあげて爆笑する)更新からは次の七ヶ条をまもり、読みやすく、みなさまに愛されるnWoへと回帰いたす所存です。
 わたくしこと、小鳥猊下は、

 1.一文を短くします。動詞は修飾関係を含め、二語にとどめます。読点は一つまでにします。また、同文中に複数の主語を持ちません。
 2.改行を増やします。できるだけ、句点ごとに改行します。
 3.難解な漢語を用いません。ひらがなにひらくか、あるいは中学生レベルの語彙で理解できる平易な英語のカタカナ表記で言い換えます。
 4.会話を増やして、地の文を減らします。また、マンガ的な擬音を挿入することで場面に臨場感を加えます。
 5.新奇さを追求しません。ヒットする歌謡曲の条件である「どこかで聴いたような」を至上の目標とします。人名や地名の策定には、神話辞典などを用います。
 6.万物に対して肯定的に考える姿勢を貫き、読み手を不安にさせません。否定的な意見や場面を挿入した場合も、後に肯定的なものへ必ず転換しますので、安心して最後までお読み下さい。
 7.養育者へ常に感謝の意を表明し、攻撃することは二度といたしません。

 以上、みなさまにおかれましては流感などに気をつけつつ、お時間に余裕のあるときだけ、鼻毛や臍の下を抜いても抜いても無沙汰がまぎれないようなときにだけ、当サイトを流し読みくださればと思います。かしこ。二伸。まったく、萌え画像ってやつはハードディスクにとって邪魔にならない存在ですね』
  (襞の入った洋装の少女、便箋を胸にかきいだく)かわいそう! あたし、かわいそう……ッ! お、お父さんとお母さんを大切にッ! ファーザーアンドマザーをインポータントにぃぃぃィッ! あーんあん、あん」
 少女、どしーん、という擬音を口にしながら床へ倒れこむと、大泣きに泣き出す。
 しばらくして顔を上げ、ちらりとこちらを見る。まだカメラが回っていることを知ると、床に顔を伏せ、前にも増した大きな声で泣きわめく。
 「(嬌声ともとれる抑揚で)あーんあん、あん。あーんあん、あん」

小鳥尻ゲイカ

――今日のゲストは、女優の小鳥尻ゲイカさんです。
 小鳥尻(以下、尻):(仏頂面で)どもー。
――さっそくですが、今回なぜあのような更新をなさったのですか? そこに至る心理状況といいますか、経緯をお聞かせ願えますでしょうか?
 尻:(そっぽを向いて)別に……。
――何か、昔からのファンへの裏切りだとか、そういう声も聞かれますが……
 尻:(激昂して)ウルセエよ! うちあわせと内容がちがうじゃねえか! そのことには触れないんじゃなかったのかよ! オイ、カメラとめろ!
――落ち着いてください、生放送中ですから。ファンへの謝罪の言葉はないのですか?
 尻:なま……(小声で)ちくしょう、いつもアタシをそうやって罠にハメやがんだ……(沈黙。ふるえる手で前髪をかきあげながら)オタどもの喜ぶようなものを書こうと思ったんだよ。奇抜な名前で精神遅滞のガキがする情緒たっぷりの世迷言や、神話の世界観を借用した奥行きのゾッとするような遠浅ぶりや、自動化された物語のする白痴的精神愛撫をオタどもにブチこんでやりたかったんだよ!(無理に笑い声をたてる)
――ごうごうたる非難を聞けば、その試みは少なくとも成功したとは言えないと思いますが?
 尻:(びくり、と身体をふるわせて)も、萌えやら、ね、熱血やら、オマエらがオッ立つ要素はなんでも入ってんだろがよ! ぜんぶタダで読んどいて文句言うなんてよ、不法侵入の上で狼藉・乱暴しながら戸締りについて説教する強盗と変わらねえよ! ちがうかよ!
――(さえぎって)読者の方から一通のメッセージが届いていますので、読みあげさせていただきたいと思います。『私たちが変わってしまっても、貴方だけは変わらないでと、そう思うのは私たちのエゴなのでしょうか』。いかがですか? 真摯なファンの姿勢に、少しでも反省の気持ちは生まれませんか?
 尻:ケッ、ソープに沈んだ昔のオンナにかけるブンケイの寝言じゃねえか。テメエが身請けしてやらねえから、生活のために仕方なくお客とってンだろ? それ、「ぼくには経済力がなく、そしてきみには処女膜がない」って意味でしょオ? ちがうのオ?(馬鹿笑いする)

 画面の外でサングラスの男が「もっと挑発して」と書かれたカンペを掲げる。目の端でそれを見るインタビュアー。

――では、私の感想を述べさせてもらいますと、しかし重度の萌え不自由でしたね(笑)。
 尻:(頭髪の薄い男があの単語を言われたように、顔面を硬直させる。何か言おうとして、泣き出す)ひっく、ひっく……ひどいじゃないの……わかっててアタシにそれを言うなんて……なにさ、かってにキレキャラみたいにあつかってさ……きょうだって、アタシがあばれだすのをみんなニヤニヤしながら待ってんでしょう? アタシ、女優なのよ……ネット界のおさわがせである前に、女優なの。でも、いまじゃ女優だからキレるのをゆるしてもらってるんじゃなくて、キレるから女優をやらせてもらってるみたい……こんなのって、ないわ……ないわよ……(両手に顔をうずめると、すすり泣く)」

 インタビュアー、当惑してサングラスの男を見る。サングラスの男、身体の前で両腕をクロスさせながら、口パクで「つかえない」と言う。

――小鳥尻さん、ご自分で招いた結果です。泣いたってしょうがないでしょう。ほら、これ使って。
 尻:ありがと……(ティッシュで鼻をかむ)バカだね、アタシ。オンナが泣くのって、サイテーだね。なんだか、ゆるしてくれって甘えてるみたいでさ……。
――落ち着かれましたか? みなさん、小鳥尻さんの言葉を待ってますよ。
 尻:(前髪をかきあげる。鼻の頭が真っ赤である)あー、なんか、昔のこと思い出しちゃったわ。中学のときさ、ちょっとからかうと、ムキになってキモい反応するデブがクラスにいてさあ。イジメ、だったのかな、あれ。みんな、ソイツになら、なに言ってもいいってフンイキだったワケ。んでさ、国語の時間にウザいセンセーがさ、クラスの前で作文とか読ませんのよ。はは、ムナゲってあだ名だったわ、そういや。中身は忘れたけど、将来の夢とか希望とか、きっとそういう漠然と前向きなヤツ。みんなジブンの番が心配だからさ、まばらな拍手とか、ユルい冷やかしとかに終始すんの。もっと正直に意見を交換していいんだぞって、ムナゲがさ。公立だったし、ただ同じ地元だってだけで集まってる連中が、おたがいに深いとこまで通じるハナシなんて、そもそもできっこないじゃん。オカマバーにノンケをつれてってゲイの話をさせるって例えなら、だれだってムリだってわかんのにサ。でもまあ、ガッコってそういうトコだしね。でさ、毎時間、何人かずつ発表してってさ、ついにソイツの番になったワケ。ナニしゃべってたのかは忘れたけど、その日はみんなでしめしあわせてさ、黙って下向いてたの。クラス全員で。発表が終わっても顔あげずに、ただヒジでつつきあったり、クスクス笑ったり。そんで、これは一番うしろに座ってたアタシの役目だったんだけど、頃合いにとびきり大きなため息をついたわけ。ハーッ、って。そしたらさあ、ソイツ、いままでになかったくらい、ものスゴイ逆上しちゃってさあ。教卓を蹴りたおして、アタシのほうめがけて突進してくんの。さいわい、他の男子がとりおさえたけど、まえに座ってた女の子がひとり、倒れた教卓でおデコをケガしちゃってさ。結局、ソイツひとりだけ停学くらうことになるワケ。なんであんな怒ったんだろ。あれは、あと味わるかったわ……(内側へ沈み込むように、小声で)なんであんなに、怒ったんだろ……」

 サングラスの男、空中をチョップする真似をしながら、口パクで「切って切って」と言う。インタビュアー、細かくうなずく。

――(わざとらしく腕時計に目を落としながら)えー、時間も残りわずかとなってきたようです。最後にファンへ一言だけ、お願いできますか?
 尻:(聞こえていない様子で、ひとり言のように)アタシさあ、前にダンナに不倫されて殺すとこまでいっちゃう役やったことあんだけど、最近なんかそのことばっか考えるっていうか、すごいよくわかんだわ。内助の功ってえの? 影で支えてたダンナがさ、どんどん社会的に立派になってってさ、気がついたら築いた地位を利用して別の若いオンナつれてんの。当時は、なにこのうすっぺらなハナシって思ってたけど、いまは想像するだけで目の前が真っ赤になる感じがする。日の当たらない場所で耐えてきたアタシはどうなんのって。アンタは表の顔だけして生きてるけど、アタシがアンタの下着まで洗ってんだって。アタシがアンタの汚い部分をぜんぶ引き受けてきたから、いまのアンタのきれいな成功があるんだろって。だから、nWoの閉鎖が決まったりしたらアタシ――(臍を噛んで、三白眼で)きっと殺すと思うな……」

 サングラスの男が台本を放り投げると、スタッフが撤収を始める。セットから順番に照明が落ち始める。インタビュアー、ソファへぐったりと身体を投げ出す。

――(興味を失った様子で)だいじょうぶですよ、たぶん、どうでも。
 尻:(険のとれた表情で)あー、泣いて愚痴ったらスッキリした。なんだって出すとスッキリするのは、動物らしくてイイね。(立ち上がり)ゲイカ、次からはいつもどおりがんばります。みんな、心配かけてゴメンナサイ、てへっ(頭を下げ、舌を出す)。
――(失笑して)がんばるって、萌えを、ですか?
 尻:(瞬間的に血涙が吹く)ブワッハッハーのハー!! けっきょく、アンタたちはアタシのこれが見たいだけなんだね!!

 小鳥尻、インタビュアーの胸ぐらをつかむと、ともえ投げに投げ捨てる。テレビカメラは激突したインタビュアーごと倒壊し、画面は大音響とともに横倒しになる。サングラスの男、小さくガッツポーズをとると、スタッフに指示を出す。セットに照明がもどる。しらけた雰囲気から一変、にわかに活況を呈する現場。
 お茶の間のテレビ画面。ガラスのテーブルにヒールで仁王立ちになり、何事かを宙空に向けて絶叫している小鳥尻ゲイカの口から、炎のCGエフェクトが発している。かぶせるように、怪獣の鳴き声。流れる血涙は、水色に塗りかえられている。BGMにはドリフのコントでオチに用いられる、例のスラップスティックな曲が流れている。大爆笑のお茶の間。
 「ああ、よかった! メンタルヘルスみたいな告白を始めたときにはどうなるかと思ってドキドキしたけど、やっぱりゲイカ様ね! いつだって最後の最後には、私たちの期待どおりまとめてくれるわ!」


 「(あからさまに戯画的な白人が流暢な日本語で、しかし英単語だけは極めて英語的な発音で)おっと、そこの君! そうそう、顔の造作に問題がないとは誰にも断言できない、ふくよかな脂肪の、そこの君のことだよ! もしかして、nWoがまた、死なない程度のヘルシー・リストカット、予定調和の大暴れで、従来の自閉路線に戻ったと安心してるんじゃないのかな? ノンノン、nWoの未来はいまだにたゆたっている……(雑木林が風になびくときのような擬音)。このウェブ2.0時代にいつまでも昔ながらのテキストサイト的運営じゃ、(そうでないことを確信する口調で)取り残されてしまうからね! 今回、nWoは来訪者のみんなへ向けたアンケートを実施することにしたよ! ホームページはインタラクティブ性が重要だからね、LDゲームのようなね! もちろんキミの匿名は完全に守られるので、「こんな下品なのが好きなんて、私ってやっぱりエッチなのかな?」と性に臆病な女性読者もひと安心だ! nWoの今後の方向性について、忌憚のない意見を聞かせてくれたまえ! なんの権威による裏づけもない、こんな場末の泡沫サイト、どっちに転んだところで人類は滅亡しないって寸法さ(腹を抱えて爆笑する)! (目尻の涙をぬぐいながら、真顔で)アンケート回答者が規定数に達しない場合は、ノーコンテスト。(暗い声で)そのときは、閉鎖します」

センサス at nWo概評


 スーツに身を包んだ女性がヒールをカツカツいわせながら、舞台端の緞帳から現れる。同時に、舞台中央からマイクがせりあがる。
「アクセス数200/1日程度の弱小サイトで、アンケート回答数50を超えなければ閉鎖を行うと宣言した小鳥猊下。その無謀な挑戦も、同一人による複数回答というコロンブスの卵を得、ついに達成の朝を迎えた。胸をなでおろすnWoスタッフ一同、握りつぶされるIPアドレス一覧。気を良くした小鳥猊下はnWo社の次世代マーケティング部門にアンケート結果の分析を依頼する。500ページに及ぶ分厚の分析資料すべてを(顔を赤らめて)か、開陳することはおよそ150人の文盲を含んだ来訪者に対し、あまりに過大な要求にすぎはしまいか。苦悩する小鳥猊下は一晩のうちに分析結果を愉快な漫談形式に書き下ろし、臣下へ下賜することを決められた。おお、いと高き小鳥猊下、我々の膣に生まれた隙間がその御言葉で充填されんことを!」
 一礼すると、ヒールをカツカツいわせながら舞台端の緞帳へ消える。
 舞台の右端と左端からそれぞれ、ワンレンボディコンとしか表現できない時代錯誤の異装をした女性と、重たそうな布地の襞に埋もれた洋装の少女が、前傾姿勢で拍手をしながらマイクへとかけよってくる。
「どもー、小鳥尻ゲイカでーす」
「どもー、名も無き少女でーす」
「オイオイ、きみ。名も無き少女って、それごっつ言いづらいわ。インターネットの匿名掲示板とちゃうねんで、ここ。クオリティ・ホームページやねんで。本名はなんていうねん」
「あの、あたしのこと、コーデリアって呼んでくださらない?」
「ああ、あの表面にうねがある木綿地のことかいな」
「そら、コーデュロイやがな」
「ごめん、ごめん、ボケとったわ。オレゴン州ワシントン群の……」
「コーネリアスや」
「えっ、これもちがうんかいな。わかった、昔のファンタジーRPGにでてきた王様の名前やろ」
「ええ加減にしなさい」
 洋装の少女、背中から金属バットを取り出し、小鳥尻ゲイカの後頭部を強打する。鈍い破砕音とともに白い液体と赤い液体と灰色の固体と眼球が四方へ噴射する。小鳥尻ゲイカ、顔面から舞台へ倒れこみ、尻を高くつきだした姿勢で痙攣をはじめる。洋装の少女の華麗なフォロースルー。2秒で直立の位置にハネ起きる小鳥尻ゲイカ。
「ちょ、じぶん、ツッコミが激しすぎるで。あやうく死ぬところや」
「なにゆうてんの。nWo構成体のウチらはしょせんテキストやから、死ぬのはお客さんの関心が尽きたときだけやがな」
「すっかり忘れとったわ。あんまり見事な筆致で描かれてるさかいなあ。それに、きょうの目的はアンケートの開示や。しょうもないつかみで死んだら、しゃれにもならへんで」
「せや。送られたコメントにふたりで返事してくんや。回答者は10代から30代。40代以上はひとりもおらへん。おたくの世代間断絶が浮き彫りになったかっこうやな。社会的立場は、文系仕事と理系仕事と学生がだいたい等分に入っとる。一方、20代と30代で読者の8割やから、こら計算があわんね。終わらない夏休みがまじっとるな。あと、読者の9割は男性が占めてるのが特徴や」
「あほぬかせ。内気で清楚な女性ほど、尻軽には投票でけへんのじゃ。潜在的にはもっとおるはずやで」
「ゆうとけ。送信日時の古い順に、まきでいくで。まずはこれや。『So it goes.』。うわぁ、異人さんや、ガイジンや。うち、食べられてまう、ご時勢的に」
「よっしゃ、あんたは下がっとき、年齢的に。不登校のなれの果てに海外留学へ逃避し、現地では学位も取らず主にアパートの内側で放蕩を繰り返した、英語に堪能なうちの出番やで。ユー・ファック・アナル・アフター・エレクト、オーケー? あとは塩まいたらしまいや」
「ああ、安心したわ。あんたがおってくれてほんまよかったわ」
「よしてや、そんな、親にもゆわれたことのない……」
「泣かんとって、うちが悪かったわ、泣かんとって」
「ごめんな、ほんまごめん。最近涙もろうなって、年のせいやねん」
「次いくで、しっかりしてや。『誰かが言っていましたが、詩人は救われてはいけないそうです。 たぶんぼくもあなたも、孤独と絶望とだけを道連れに生きていくしかないんでしょう。』。詩人やて。悪い気はせんなあ。自意識をくすぐるのがうまいで」
「この人、少女保護特区リライト版の方が好みって回答してはるねん」
「そんな追跡機能がアンケートに組み込まれてたんかいな。ちょっと見直したわ」
「ちゃうちゃう。アンケート結果のページで更新ボタンを押し続けて、コメントと回答者のつながりを目視確認していっただけや」
「うわー、じぶんそれちょっとひくわ。まるっきりストーカーか、そやなかったら引きこもりやん」
「もうひとり、職業欄にコピーライターて書いた人もリライト版が好きって回答してはるわ」
「なんや見透かされるみたいで、ちょっとドキッとするわ。通常版は“つこたらアカン言葉を選ぶ”更新のやり方で、リライト版は“つかう言葉を選ぶ”更新のやり方をしとるからね。スルドイわ」
「次いくな。『今後どうなってしまうか分かりませんが結末を迎えるまでnWoを見守らせて頂きたく思っております。 猊下、愛しております』」
「ゆうてるけど、みんなの関心が尽きたときが終わりどきやから、今後どうなるかはあんた次第やで」
「次。『ザ・ボイシズ・オブ・ア・ディレッタント・オタクが死ぬほど好きです。 いつか言いたいと思ってました。』」
「ギャグ漫画家は短命って話があるけど、ああゆうブラック系の更新は時間が経つとこっちへはねかえってくるねん。社会と思想と他人を無いようにコケしたら、残った我がを無いようにしない理由が見当たらなくなってまうからな」
「次。『確かにサイトの質と世間の評価(?)は不釣合いと思いますが、 何か変えたりする必要は無いんじゃないでしょうか? 私にはとてもとても面白いです。』」
「鬱のときは我がだけ見て更新できんねんけど、躁のときは気持ちが外むくから、誰かの承認なしにはいられんような感じになるねん」
「次。『萌え画像がんばります』」
「アンケートやっていちばんはげみになったんは、萌え画像を送る予定のある来訪者が5人もおったことやね。これから5枚も萌え画像が届くかと思うと、ワクワクで更新もでけへんわ」
「あんたそれ、矛盾しとんとちゃうか」
「次いけ、次」
「『すばらしい体験をいつもありがとうございます。』」
「どういたしまして。あなたこそ、いつもすばらしい孤独をありがとうございます」
「皮肉がきいとるな。『窮状なのか休場なのか分かりませんが、 私は大好きです。これからも楽しみにしてます。』」
「だれがうまいこと言えゆうた。“更新する、反応がない、落ち込む、更新しない、忘れる、更新する”がnWoの持ってる基本サイクルやからな。うちはわるないで」
「『持たざる者である私には祈ることしかできません。』。職業は、なしで回答してはったと思う」
「きみはとりあえず祈るだけでええわ。なんか積極的に動かれると、当局に押収されたパソコンからきみの愛好していたサイトとしてうちが発見されたりしそうや」
「くわばら、くわばら。『私はテキストサイトが好きなんです。 それをいちいち思い出すから、ここが好き。』」
「好きなのはあくまで“テキストサイト”としか読めないのが傷つくし、ムカつくわー」
「絶滅危惧種への哀れみやろね。『ふと思い出しては、読み返します。 過去に何度か掲示板へ書き込むべきかと思ったことはありましたが、 小鳥猊下の文章に受けた衝撃は簡単に言語化できるようなものではなく、 いい加減で空疎な賞賛の言葉など送りたくありませんでした。 ただ一言、私はnwo程文学的に見事な筆致でもって 「現代」「おたく」を真摯に捉えた文言を、ほかに知りません。』」
「まじめやな。うちもそう思う。そして、なのになぜ……という言葉が続くんや。ほんま、なんでやろ」
「『閉鎖?そんなバナナ・・・・いやいや洒落にならんやろ。』」
「あたりまえが、じつはあたりまえやないことに気づいてや。立っとるだけで人はカロリーを消費すんねんで」
「『小鳥猊下、愛しています。』」
「うちもやで。あんたが女性ならセックスしよう」
「しよう、しよう。『いつもありがとうございます。 『あの頃~の生き方をー、あなたはー忘れないで~』という ユーミンじみた勝手な思いを抱いています。 私にとってはたまに訪れて姿勢を正す場所といいますか。 “窮状”などと思わせてしまい申し訳ありません。 複数回答ができなかったので補足させてください。 パアマンの他には、 怪漢ブレイズ・小鳥の唄・ 生きながら萌えゲーに葬られ・高天原勃津矢 などが大好きです。 「こんな文章が書けたら!」と憧れてプリントアウトして 持ち歩いた時期もありますが、もう諦めました。』」
「怪漢ブレイズに一票も入ってへんかったから、ほっとしたわ。nWoみたいな文章かいても誰にも認められへんし、社会的な場ではいっこ役に立てへんから、あきらめて正解や」
「次。『長い間作品を書いていると好調不調の波が出てくる.それは仕方が無い. 「少女保護特区」は不調の作品であると思う. デキの悪い作品の評判が悪いからといって気落ちする必要はないのではと思う. 私はゲイカの作品を愛していますよ』」
「“輝く”って単語、英語で書いてみて。動詞ね」
「ふんふん」
「書けた?」
「書けたで」
「それをローマ字読みして」
「し……おっと、次いくわ。『がんばってください』」
「何を?」
「次。『ブログ形式に移行する前までの作品は全部2回以上は読んでいます。紙媒体に印刷したことはありませんが、ローカルには定期的に保存しています。今のnWoについて愚見を言わせていただけるのなら、タイトルの横に通し番号を付けるのはやめた方がいいのではないでしょうか。一見さんが(1)から読むのは敷居が高いと思います。あと、リライト版は勘弁して下さい。』」
「長いのが増えたから、通し番はしゃあないがな。いまさら新規読者が劇的に増えるとも思われへんし。劇的に増える方法があるなら、一考しまっせ」
「リライト版の方が時間かかってるんやけど……。『次の更新を楽しみに待ってます』」
「どうもどうも。萌え画像、楽しみに待ってます」
「次。『nWoが好きです。閉鎖して欲しくありません。 私を含めて、心を動かされたとしても、数行の感想も書くことのない人間が多いのではないでしょうか。甘い見返りが期待できないならばなおさらに。読み手として弱いのだと思います。』」
「こうゆう単純なうったえにぐっとくるねん。若い女性が書いてると想像して読むわ」
「nWo読者の9割は男性って統計があるで」
「あほか。内気で清楚な女性ほど、尻軽に投票できへんのじゃ。潜在的にはもっとおるはずや」
「矛盾しとるなあ。次。『届かない声を、いつでも上げています。』」
「届いてへん、届いてへん。罰としておまえは小鳥尻ゲイカ歓迎オフ会を主催せえ」
「首都圏で。次。『小鳥さんのテキストはおよそ目にする活字の中で一番好きです 読み手のレスポンスの無さに関しては、文章の完成度と崇高さが遠ざけているきらいがあるだけだと思っているので閉鎖しないでください 学生の頃から拝読していますが、ドープさを増して行く小鳥さんのテキストがどこへ収斂していくのか楽しみにしています』。職業、ベンチャーキャピタリストやて」
「カネやな。カネをもっとんのや。どこに収斂していくかなんて、そんな高尚なもんはおまへんのや。うちら、ネットの芸者商売やさかい、お客さんが呼んでくれればどこででも踊るし、こう踊れェゆうたら、そのまんま踊りますよってに。小鳥尻奴の欲しいのは、カネ、萌え画像、他者承認どすえ」
「めっちゃやらしいな、じぶん。ドープってなんやろね。次。『無理スンナよ』」
「してねえよ」
「身の丈にあったものを更新せえの意かもしれへんで。次。『小鳥さんは最高にカッコイイです。』」
「そっちの名前で呼んでくれる人もおらんようになったなあ。なんかなつかしいわ」
「『窮状なんですか?』」
「はい、それらはバナナです」
「あと少し。『わりと好きです。』」
「憎む、愛す、無視以外の選択肢があることが、すごい衝撃―」
「『他人の評価にそこまで固執するのが分からない。  芥川賞とればいいと思う、取りあえず。  ネームバリューで人が集まって、そしたらその中に本物の読者もいるのではないでしょうか。』」
「どうして父の間違った方の精子が母の卵子と結合したのか分からない。芥川賞の選考委員になってnWoを推薦すればいいと思う、取りあえず。それからプロ野球選手になって5年で二千本安打を達成すればいいと思う、取りあえず。ネームバリューで記者会見が開かれ、そしたらその中でnWoの宣伝もできるのではないでしょうか」
「どう、どう。『パアマンに衝撃を受けて以来ちょくちょく覗いてます。』」
「生きながら萌えゲーに葬られをおさえて、パアマンが一番人気なのよねー。ホームページとそれを更新する人物という枠組みに、更新されているキャラクターが接触を果たすという、シミュレーテッド・リアリティの走りみたいな展開がウケたのかもねー。世界、神、人間。次は?」
「ううん、これでおしまい」
「あら、そう。おしまい」
「オチはないの?」
「ない。考えてきたの、出オチ的につかっちゃった」
 舞台に下りる沈黙。それが不自然なほど長くなる前に、襞のついた洋装の少女が、「きみとはやっとれんわ」と金切り声で絶叫する。二人、頭をさげると、観客席におりてくる。カメラの向けられた客席は閑散としており、人はまばらである。水筒の日本茶でせんべいを湿らせて食す老婆や、スポーツ紙を顔にかけて大いびきの中年男性や、接吻とペッティングを繰り返す男女や、思いつめた表情の書生風銀ぶち眼鏡。二人、何かのサービスなのだろうか、身につけた衣類の一部を客席に向けて放りなげるが、誰も拾おうとしない。客席の背後にある両開きから二人が出て行ったあと、思いつめた書生風の青年が衣類を拾いあげ、大急ぎでリュックに詰める。
「あそこで真っ白になるなんて、あそこで真っ白になるなんて」
 両手に顔をうめてぐずぐずにすすり泣く大柄のボディコン女性。
「しょうがないわよ、できの悪い日もあるわよ」
 大柄のボディコン女性を支えるようにして隣を歩く小柄な洋装の少女。二人のささやき合いは、しかし清掃員が濡れたモップをロビーの床へ叩きつける音にかき消される。
「だいじょうぶよ、芸の不安定さがあなたの売りでしょ」
 二人が後にした建物には裸の女性の図画がいくつか大きく掲示されており、入り口にいるもぎりの男性は生来のものだろう、茫洋とした独特の表情を浮かべている。小柄な少女はなぐさめ続けるが、大柄な女性はいっこうに泣きやまない。
「ポルノ映画館で世界を革命したって、誰も認めてくれないのよ。私たちはこの世にいないも同然なのよ」
 小柄な少女、大柄な女性の背中をさすりながら言う。
「あたしがいるじゃない、誰がいなくたって、あたしがいるじゃない」
 真っ赤に泣きはらした目をむいて、大柄な女性、絶叫する。
「もう聞きあきたわ! あんたがいたって、私は寂しいままじゃないの!」
 途方に暮れた表情で立ち尽くす小柄な少女。
「消えないのよ、その寂しさは消えないの。私たちは壊れてるから、その寂しさは消えないのよ……」
 激情の冷めた大柄な女性は、小柄な少女を強く抱きしめ、小柄な少女はその抱擁へ一筋の涙を与え、やがて手に手をとりあった二人は「だいじょうぶ、きっと今頃は萌え画像が届いているはず。だからまだ、だいじょうぶ」と励ましあいながら、場末のネオンの中へ消えていく。

(協力:nWo次世代マーケティング部)

痴人への愛(1)

「またひとつ消えたわ」
 コーデリアは菜につかう包丁の手をとめると、聞こえぬよう小さなため息をついた。今夜は荒れそうだ。
 エプロンで手をぬぐい、右ひざを抱えたまま無表情で涙を流す女性の脇へ、そっと近づく。
 視線の先には、Not foundと書かれたノートパソコンの画面がある。
「ずいぶんと前から更新なんてなかったじゃないの」
 非難にひびかぬよう注意してささやきながら、コーデリアはその肩を抱き寄せた。子どものように胸元へと倒れこんでくる。
「消えたのよ」
 いつものことだ。どんな言葉をかけようと、彼女が救われることはない。
 コーデリアは黙って、白いものが混じりはじめた長い髪を手櫛にさすってやる。うながされるように、小鳥尻は短い嗚咽をもらした。
 芸名・小鳥尻ゲイカ、本名・小島桂子。数年前に一世を風靡した芸人である。
 しかし、巻きスカートをマントの如くはぎとりながら、肌色タイツの股間に接着した亀の子タワシを見せる芸を覚えている者は多くあるまい。タワシを右手ですりながら言う、「ワタシのタワシ気持ちいーで」は流行語大賞にもノミネートされた。だが、この健忘症的な世の中で一年に満たぬ期間のテレビ出演は、人々の記憶力に対して充分に長いとは言えない。
 当時、コーデリアは小鳥尻の芸を客席から眺める一視聴者に過ぎなかった。熱狂はあったのだ、と思う。彼女が出演する番組のスタジオ観覧を申し込み、外れたときはテレビ局の外で待ちかまえた。他にも無数に芸人はいたのだし、そのうちの誰に同じ熱狂をささげても不思議ではなかったはずなのに。
 司会者が、時事問題などのコメントを小鳥尻に求める。彼女は腕を組んで考えるふりをしたあと、奇声をあげてスカートをはぎとる。「ワタシのタワシ気持ちいーで」を連呼しながら司会者に体当たりをし、観覧席にダイブする。どの辺りに飛び込むかは事前にスタッフから指示があって、観覧者たちは悲鳴をあげながら避けることになっている。床に叩きつけられた小鳥尻が大げさに痛がり転がりまわるのをもって、一連の芸は幕となる。
 あのときのことは、いっしょに観覧席へ座っていた友人が後々まで繰り返し話したものだ。もっとも、携帯電話を捨ててからこちら、すでに何年も音信はない。
「あんた、よけようとしないんだもん。それどころか、両手を広げて受けとめようとしたでしょ」
 痩せぎすの小娘にすぎなかったコーデリアは、ダイブを受け止めきれず、そのまま小鳥尻の下敷きになって左手を骨折し、腰骨にはヒビが入った。
 サングラスにトレンチコートの小鳥尻が、その長身を丸めるようにして病室の入り口に立っていたのを今でも鮮やかに思い出すことができる。小さな花束をぶっきらぼうに片手で突き出すのには、思わず笑ってしまった。
 それが、世間でいうところのなれそめというやつである。
 コーデリアはレズビアンではない。男とか女とかではなく、小鳥尻だからなのだ。しかし、両親も友人も、理解はしなかった。
 この、台所つきの六畳間に越してきて、どのくらい経つのだろう。幸福は夢のように過ぎる。あっというまに過ぎる。苦しみの長さはすでにコーデリアの時間感覚を麻痺させていた。
「みんな私を置いて、行ってしまうのよ」
 この台詞も毎度のお決まりのこと。コーデリアの中ではほとんど様式化してしまっている。しかし、それへ返答をするときは常に新しい創造を求められるのである。
 声をかけようとして、小鳥尻の目じりに刻まれた皺が、前よりも深くよじれるのを見て、コーデリアは全身に鳥肌を生じた。その沈黙は、しかし小鳥尻の精神にとって有効に働いたようである。
「コーデリア、あなただけ。私には、あなただけ」
 小鳥尻の手がエプロンの上からコーデリアの薄い胸をまさぐる。性的な昂揚を求めているわけではない。ただ、肉を感じることで寂しさを消したいのだろう。
 ノートパソコンに映るのは、芸人たちのホームページのひとつである。最近はブログというのだろうか。所属する芸能プロが作成し、人気のあるうちはそれなりにファンとの交流の場に成りえる。しかし、落ち目になるほど更新の頻度は間遠となり、やがて自然消滅的な閉鎖へと至るのだ。
 ひと握りを除けば、長く続けられる業界ではない。才能と時の合致を得た彼らは、やがて自分の番組を持ち、そのメジャー級の選抜の中でさらなる競争に身をやつしていく。膨大な分母から、総当りのリーグ戦を経て、真の勝者となるのはほんのわずかである。
 そして、勝つ見込みの薄いこの業界へ早々に見切りをつけ、全く別の分野に才覚を見出す者も少なくない。だから、芸人のホームページが消えるのは、彼らが現実の中へ居場所を見出したということの裏返しにすぎない。確実なのは、いつまでも残される連中はひとからげに例外なく、何らかの点で欠けている、劣っているということである。
 小鳥尻の芸を他の者たちと分かつ要素があるとすれば、それは思考の奇形性であり行動の奇形性である。深まらず、拘泥しないことが流動性を担保する。人生という変化に対処するとき、それは偉大な戦略である。だが、奇形性ゆえに小鳥尻は小鳥尻であり、奇形性ゆえにその芸が真の意味で大衆に受け入れられることはない。簡単に言えば、下ネタでは天下をとれないのである。
 しかし、それでも――コーデリアは思う。
 王様に対する道化師のように、既存の枠組みをゆさぶることで可視化するという特権を与えられた社会装置が、本来の芸人ではなかったのか。この国の芸人たちはほとんど例外なく、すべて体制の側にいる。彼らの目指す最終的な到達は政治家であるのだから、無理からぬことかもしれない。
 この一点においてだけ、小鳥尻は間違いなく芸人である。コーデリアが彼女に引かれた理由もそこにある。
 一汁一菜の質素な昼食を終えると、小鳥尻はもそもそと寝巻きを脱ぎはじめる。一張羅のスーツに着替えるのを手伝いながら、コーデリアは彼女の豊満な胸にいまなお残る、横に並んだ細いソーセージのような青黒い色素の沈着を痛ましい思いで眺めた。“風船爆弾”の痕跡である。
 “タワシ”が飽きられはじめ、テレビへの出演依頼も減りはじめた頃、小鳥尻が必死に考え出した新しい芸だ。それは、「風船爆弾、風船爆弾」と連呼する相方が、彼女の豊満な胸をパンチングボールよろしく、拳で殴打するというもの。関西の男性芸人からヒントを得たという。最初は上着を脱ぐだけだったのが次第に過激化し、ついにはブラジャーまで外して行うようになった。その相方というのが、何を隠そう退院後のコーデリアである。
 詳しい経緯を語っても仕様があるまい。あらゆるメディアからフェードアウトしてゆくという窮地にいた小鳥尻は、国営放送でこの“風船爆弾”をやらかした。生放送中に、生乳でやらかしたのである。謝罪の記者会見で、平身低頭する事務所の社長を尻目に一言の謝罪も発さないばかりか、コーデリアを含む関係者全員が頭を下げる中、小鳥尻はひとり傲然と胸をそびやかした。社会正義に悪酔いした記者があげる社会性を逸脱した怒号に、事務所のスタッフが無理矢理に小鳥尻の頭を長机へ押さえつけ、ようやく謝罪の形を作った。だが、隣にいたコーデリアには、頭を押さえつけられ鼻血を流しながら、にらみつけるように真上へ視線を向ける小鳥尻が見えた。この瞬間、小娘らしい恋の憧れが、大人の愛情へと変わったのだ。
 玄関先でブーツに足を突っ込みながら、今日はお客さんに呼ばれてるから遅くなる、と小鳥尻が無表情でぼそぼそ言う。舞台の上のハイテンションどころではない、普段の小鳥尻はほとんどしゃべらないし、感情を露にすることさえまれである。コーデリアはできるだけ明るく返事をするよう努めると、アパートの出口までついてゆき、長身の背中が曲がり角の向こうへ見えなくなるまで立ちつくしていた。
 部屋に戻り、玄関の扉が閉まる音を背後に聞く。小鳥尻はいない。当たり前だ。この部屋は、もはやコーデリアにとって何の意味も持たない場所になっていた。小鳥尻がいるからこそ、この空虚な住処がかろうじての避難所として成立する。六畳間をうろうろと周回すると、コーデリアは小鳥尻のいた場所へ呆然と座り込んだ。
 私たちふたりが破滅しない方法はなにか。最近、コーデリアが考えるのはそのことばかりである。
 週に一度もないような、場末のスナックへの営業ぐらいでは、とうてい食いつないでいけるはずがなかった。コーデリアは相当にいかがわしいアルバイトへ手を染めたこともあるが、小鳥尻が部屋にいる間は磁力のように離れられなかったので、食うに充分な稼ぎを安定して得ることはできなかった。
 昨日はついに、母が積み立ててくれていた学資貯金を切り崩した。小鳥尻はそのことを知らない。生活保護のことを相談したときの狂乱を思い出して、恐ろしかったからである。
 小鳥尻はただ自分であることをやめられず、他人の夢の残骸に埋もれたコーデリアは身動きさえ取れずに貴重な若い時間を空費してゆく。地獄。そう呼べる場所があるなら、まさにコーデリアの住所はそこであった。だが、角を生やし赤い肌をした官吏たちは空想にすぎない。人はただ、己の意志において地獄に己を閉じ込めるのである。

痴人への愛(2)

「いいお湯だったねえ、おまえさんっ」
 底抜けに無邪気な声音に、ふとつられてふりかえった。
「あんまりはしゃぐとあぶないよ」
 洗面器を小脇にかかえた女の子が、楽しそうにくるくると回る。苦笑しながらかたわらでいさめているのは、兄だろうか。両目が隠れるほどに前髪をおろしている。上着を脱ぐと、さりげない仕草で女の子の両肩へと乗せた。たちまち不満そうに口をとがらせるのが可笑しい。
「もう、保護者きどりなのね! そんなカッコじゃ、寒いでしょ」
 タンクトップから健康な二の腕がのぞいていた。春が近づいたとはいえ、夜の大気はまだ冷たい。
「このくらいなら、へいちゃらさ。大陸はもっと寒かったからね。それより、――に風邪をひかせて、あとでお父さんにしめあげられるほうがこわいよ」
 めずらしい名前だったが、一回では聞きとれなかった。とたん、ころころと鈴のような笑い声がひびく。
 もし、きょうだいでないとすれば、輝くばかりの桃色に染まった頬は、湯ばかりが理由ではあるまい。なつかしい、痛いような気持ちが喉元へこみあげた。なんとなく立ちつくしたまま、この幸せなやりとりをながめる。
 ふたりの後ろ姿が曲がり角に消えると、コーデリアは寒さを思い出したかのように襟元を寄せた。小鳥尻とのあいだにも、たしかに蜜月はあったのだと思う。また、あんなよろこびはやってくるのだろうか。
 問いかけるように顔を上げた先に、答えが見えた。カーブミラーに映るゆがんだ鏡像は、すでに百年もうみ疲れているようだった。
 そして、先ほどの女の子はもしかすると、じぶんとそれほど変わらぬ年齢かもしれないと思いいたり、コーデリアは身内に真冬のような底冷えを感じたのである。
 小鳥尻が一週間ぶりにもどるというその日、コーデリアは近所の銭湯へ出かけた。もともとあまり汗をかかない体質に質素な食生活があいまって、風呂の無いアパートでの暮らしは苦にならなかった。ときどき、小鳥尻が酒を割るさいあまらせた湯で身体をふいた。
 切りつめた生活のなか、正直かたちに残らない三百円の出費は痛い。しかし、久しぶりに帰宅する恋人に、最良の姿を見せたいという想いがまさった。つまるところ、失望されたくない、捨てられたくないという共依存が、ふたりの関係へ力学として作用しているのだが、幸いにもというべきか不幸にもというべきか、コーデリアはそれを言葉にできるほど賢明ではなかった。
 オレンジ色に射す西日の中で味噌を溶くと、鍋からふわりと暖かさが広がる。この、幸福に満たないぬくもりをコーデリアは愛した。むくわれて然るべきと感じられるこのささやかさが、願いのはかなさによくみあうからだろう。
 卓上の夕食はいつもより一品、菜が多かった。小鳥尻の帰宅は、すべてが冷えてからだった。案の定、ひどく酔っていて、そして舞台にいるときのように上機嫌だった。
「ごめんね、昔のファンが集まって、宴会になっちゃってさ……でもすごいのよ、もう大盛りあがりで、私ひさしぶりにすごく楽しくって」
 玄関でひさしくなかったような熱い口づけをすると、コーデリアに菓子袋を押しつけた。
「ファンのひとりにもらったの、すごく上等なお店のケーキなんだって」
 袋には、大量生産で有名なチェーン店のロゴが刻印されていた。だまされているのか、だまそうとしているのか、コーデリアにはわからなかった。気が高ぶらぬよう、声がかすれぬよう、ゆっくりと唾を飲みこんでから、言った。
「お水くんだげるから、座ってて」
 蛇口をひねると、白く濁った水道水がプラスチックのコップへ満たされてゆく。この上機嫌は良くない兆候だ。こころはまるで振り子のように、上がったぶんだけかならず下がる。なぜみんな、そっと静止させておいてくれないのだろう。
「もうすごいのよ……みんなずうっと私のことをほめてくれてね、アンタはすごい芸人だって、大好きだって、愛してるって……だから、うれしくなってね……みんな私のオゴリにしちゃった……」
 語尾をひそめてうかがい見るのは、やはりすこしは後ろめたいからか。おそらく酒が言わせたのだろう、ファンと名乗る人物たちの無責任な発言を、コーデリアは呪いたいような気持ちになった。ふだんは臆病で人嫌いの小鳥尻なのに、どういうわけか己を肯定してくれる言葉だけはびっくりするほど素直に信じこんでしまう。
 わずかばかりを節約したところで、破滅への秒読みはいつも大幅に繰り上げられる。コーデリアはじっさい視界が狭まるような錯角を感じ、わずかに首をふった。やさしくて純粋なこの人は、左右からふたりを圧しつぶそうと迫る絶望の壁へさしわたすつっかい棒が、この世に金銭しかないということがわからないのだ。いっしょにいられるなら死んでもいいと思ってついてたきたはずなのに、いざそれが現実的な結末として近づいてくると、なぜこんなにも悲しくてつらくて、胸が痛むのだろう。
 後れ毛をはねのけるふりで、そっと目尻をぬぐう。笑顔を作ってふりかえったところで足に力が入らなくなり、コップを抱えたまま膝からその場にへたりこんだ。
「怒ったの? ねえ、怒ってるの?」
 小鳥尻は台所の板敷きに正座する形のコーデリアへいざり寄ると、膝に顔を埋めて腰へ手をまわした。コーデリアは思う――この人がじぶんからやってくるのは、だれかにゆるしてほしいときだけだ。
「でも、聞いて! 集まりに局の人がいてね、十年も同じ芸でもつのがすごいって言ってくれて……で、私の芸はあんまりすごいから、いっしょに仕事してみたいって。だからきっと、またテレビに出られるわ……そうしたら、こんなアパートひきはらって、ふつうの人みたいに……」
 小鳥尻の声はそこで小さくなっていった。
「ねえ」
 ――落ちる。
 コーデリアには次の言葉がもうわかっていた。こぼさぬようコップをかたわらへ置くと、広い背中をさすってやる。
「死のっか」
 魅惑的な負の演技に引きこまれぬよう注意しながら、じゅうぶんな間をとって、言った。
「テレビ、出るんでしょ」
「出れるわけないじゃない」
 驚いたことに、小鳥尻は即答する。妙にきっぱりとした口調だった。
 しかし、続く言葉は夢見るようにかすんだ。
「私ね、舞台に上がる前は奇跡が起きるような気がするの。もし、この舞台をうまくやり終えたら、みんなが私に拍手をして、そうして次の日からは誰からも愛されるように、誰からも必要とされる私になれるんじゃないかって思うの」
「うん、うん」
 小鳥尻の求める愛は、無条件の愛だ。赤子が母親に求めるような、本人にとっては生命の存続にかかわる重大な愛だ。けれど、この世のだれがその重さを引き受けてくれるというのか。
「でもね、私わかってるの。それは祈りみたいなものなの。いつもかならず、裏切られるの」
 コーデリアは黙って背中をさすり続けた。
「昔ね、みんなが私を見て笑ってるときにね、いま心臓マヒとかで死ねたらなって、よく思った。だれか、私の芸でみんながいちばん盛りあがってるときに、撃ち殺してくれないかな。みんなが私だけを見て笑ってるときに、うしろからぱぁんって」
 まばたきすればこぼれそうで、コーデリアはただやさしく目を細めた。
「じゃ、こんどテレビ出たとき、殺してあげる」
「うん、殺して。きっと殺してね」
 曖昧な、子どものような口調でそうつぶやくと、小鳥尻はそのまま眠りに落ちた。
 月光が照らすその横顔は、死人のように青白かった。きっと、小鳥尻という存在はとうの昔に死んでしまっているのだ。人工呼吸器につながれた脳死患者のように、むなしい希望を永らえさせているだけなのだ。
 だが、またひとつの危うい瞬間を乗りこえ、小鳥尻の生命を明日へとつないだことに、コーデリアはある種の満足を覚えているじぶんに気づいた。そしてそれは、ひとつの決意へと昇華する。
 この人の、最期の瞬間を看取る。できるだけ長く、小鳥尻を生かしてやろう。
 そう、まるでひとつの季節をしか生きない昆虫が、虫かごという牢獄で越冬するように。