バーチャルネットアイドル・きじゅ77歳
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「とうの昔にふさがったはずの乳腺にゃ、まだかすかにあの激しい愛撫と欲望の、ひりひりするようなうずきが燃え残ってる。会陰開かぬ5人の出産、ペットボトルはぱくりとひと呑み、もはや熊でも相手にならぬ。ひしゃく片手に二の腕まで肥壺に突っ込みゃ、えいよえいよと底の底までかきまわし、ほいさほいさと底の底までしゃくりあげ、日本人が忘れた篤い包容力を奇声とともにあたりかまわずまきちらす。ウェットティッシュとあぶら取り紙の清潔が奪い去った日本の高潔に、時給700円のバイトと8800円のエロゲーが奪い去った日本の誇りに、ネットワークの狭間に堕胎した雨に打たれる路地裏の未熟児・電子妖怪きじゅ77歳が、いま復讐を果たすべく立ち上がる。『(数珠を握った両手を突き出して)キエエーッ、怨敵退散ッ』
今朝ね、トイレ行ったら、なんかね、赤黒いものが出てきたの。ウンコじゃないかって? アタシもそれは最初考えたんだけど、出てきたね、穴が違うのよ。そのまま流しちゃうのもなんだかって思って、いままでもいっぱい自宅のトイレで流してきたし、若い頃は全然お金も無かったし、でも今回のはそのどれとも違うのね。台所からさいばしとってきて、つまみあげてみたら、なんか小さな袋状のモノなのよね。顔を近づけて眺めてたら、その中から血のゼリーみたいのが便器に滑り落ちたの。ズルッ、って感じで。そして、水音といっしょに跳ね上がった血の飛沫が、アタシの服にスローモーションみたいにかかるのを見たらね、ああ、アタシもとうとうアガりなんだなって、なぜか思ったの。そしたら、涙が出てきちゃった。おじいさんの葬式以来の涙だったわ。おかしいわよね、だってそうじゃない? もうずいぶんと前から本当の役目なんて果たしてないものなのに、いつも痛くってダルくって、ほんと切り取っちゃいたいッて思ってたぐらいだったのに、いざ無くなると胸にぽっかり大きな穴が空いたみたいになっちゃって、そこになんていうんだろう、日常生活の中では麻痺させておかなくちゃ生きていけない、人生みたいなものがいっぺんに流れこんできて、無性に泣けたの。大切なものって、いつも手遅れになってからじゃないと気がつかないものなのよね。(鼻をかみ、目尻の涙をぬぐって)でもね、変だと思わない、最後のがオリたのにアガったなんて。日本語って可笑しい! ウフフッ。きじゅ、77歳の朝でした。さて、いつものような心ふさぐ暗黒トークはこのくらいにして、ネット上で起こった事件をまとめて紹介するね。一番記憶に新しい大事件と言えば、あれよね、張作霖爆殺事件! ちょうどあの頃私は満州にいたんだけど、まだ4歳か5歳くらいだったんじゃないかな。そりゃもう見事な、爆殺と呼ぶにふさわしい爆殺ぶりだったわ! 小さかったから断片的にしか覚えてないけれど、突然の轟音、つんざく悲鳴、赤に染まる握り飯、クチャと濡れた音を立てて窓ガラスに叩きつけられて潰れる眼球、首の無い赤ン坊を身体の下にかばおうとする母親、泣きながら自分の内蔵を両手でかきあつめる青年……ああ、生命! あの頃は世界のすべてに手触りがあって、生命そのもののようだったわ。いまのアタシの手元にあるのは、キーボードを覆うゴム製カバーの手触りだけ。羅刹の表情をした母に頭を丸められて、首から下げた毒薬の瓶をかちゃかちゃ鳴らしながら、サーチライトが不気味に空を照らす深夜の倉庫街を駆け抜けたあの頃が懐かしい(遠い目をする)。そうそう爆殺と言えば、こないだね、孫といっしょにテレビ見てたのよ。しわぶかい、この世の煩悩のすべてから解き放たれた、世間の期待する”老人”というお仕着せのポーズで、神妙に背中を丸めて、目を細めてね。わかりやすく言うなら、ハタチになったらゾクは引退ってところかな。でね、そしたら孫の大好きな黄色い禽獣の暴れ回る映画のCMで、無数の見分けのつかないクリーチャーが右へ左へ乱舞したあと唐突に、ナントカ”爆誕”ってナレーションが入ったの! もう驚いたのなんのって、わかりやすく言うなら、処女だとだまくらかして玉の輿に乗った名家の庭先で洗濯物を干してたら、昔の男のひとりがすごい形相で風に揺れるシーツの隙間から顔をのぞかせたって感じかしら。アタシ、正座したままの膝で床を打つだけの動作で優に5メートルは空中に飛び上がって、『パパパパ、パクりでおじゃる!』って家中の窓ガラスがはだしのゲンみたくみんな外向きにはじけとぶ大声で思わず絶叫しちゃってた。雅語で。孫は腰抜かして座り小便、嫁は裸エプロンで立ちうんこ、もうそのあとを取り繕うのがたいへんだったわよ。でもやっぱり似てるわよねえ、爆殺と爆誕。雅語っていうのは、”まろは”を主語、”おじゃる”を述語とする平安期の文法体系のことです。あとは、そうね、いまネットでみんなの関心を独占していることといったら、やっぱりカンフーキッドの話題は避けて通れないわよね! 舌ッ足らずな日本語で猿回しの猿みたく歌う、(親指を内に折った四本指を示して)これの息子たちが最高にあわれを誘ったものだったわ。 (立ち上がってだらしなく開いた口の端から涎を流しながら、宙にさまよわせた両手をちゅうぶのように震わせて)あんふーきーわぉにはぉないでーわんふきーわぉにはぉのののーむてきーのーあんふーあんふーうんちゃーくーいーおーいーおー。(何事もなかったように座り直して)アタシね、じつはあれ、孫といっしょに劇場で見てんのよ。もうほとんど内容おぼえてないけど、劇中で(親指を内に折った四本指を示して)これの息子たちのプライベートを撮影した場面がなんでか幕間に入ってて、一番のデブが他の(親指を内に折った四本指を示して)これの息子たちに執拗に苛められてんの。デブも、最初はデブなりの防衛でへらへら笑ってんだけど、ついにはマジギレして、両手をぐるぐる回しながら泣きわめきだすの。デブが。そのときアタシ思った。ああ、人間の心に国境は無いな、(親指を内に折った四本指を示して)これの世界でもやっぱりデブは呼吸音とかすごくムカつくし、みんなが一番深いところに持ってる本能的・動物的な欲求から、人類の営々たる歴史が築いてきた人工的な倫理とか理性とかブッ飛んじゃって、人徳とか人格とか越えたところで、ほとんど反射で迫害してんだろなって。あとはねえ、あまりのつまらなさにミリミリと音を立ててスチール缶にめりこんでいくアタシのしわぶかい指先を見て、孫が小刻みに震えながらひとつも表情を変えないまま、静かに座り小便をもらしたことくらい。あの孫もいまでは…(取りだした煙草に火をつけて窓の外へ視線をそらす)。(煙草を仏壇の線香立てにもみ消しながら)さて、と。とりとめもなくしゃべっちゃったけど、もし気を悪くしたならごめんなさいね。きじゅはなんたってアベと言えばアベべ・ビキラどころか阿部定、サダと言えばリングどころか阿部定の世代なんですもの! ウフフッ。(付近の大学の所属だろう6人の青年たちが土手をランニングしてゆくのを、窓越しに遠目に見つけて)あっ、あれは! そ、そっくりじゃ、死んだじいさんの若い頃にそっくりじゃあ! 待っとくれ、悪いようにはせん、ただの年寄りじゃ、ああッ(窓の桟から転げ落ちる)! た、頼むから哀れな年寄りをおいていかんでおくれ。その、激しく伸張することを前提にたわめられたバネのように、パンツの中へ押し込められた汗に蒸れる六亀頭エンジンを、わしにわしが悲鳴をあげるほど荒々しく見せつけておくれ! おおおッ(寄りかかっていた杖を放り出し、背筋をまっすぐに張ると、五輪選手もかくやというストライドで青年たちの後ろ姿めがけて猛烈に駆けてゆく)」
(白々しいナレーションの声で)ネットアイドルきじゅは、自らの老人にかこつけて青いペニスを眼前に豹変します。